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この箱の中の世界 5


「……お前は」

「オレは?」

「ロスは、それでいいの」

「……何言ってんですかあんた」

「これでロスは幸せなの。閉じ込めて目を瞑って耳を塞いで、自分の都合のいいように世界を完結させて。こんな埃っぽくて手狭な箱に閉じ込められていて、苦しいんじゃないの」

「そうさせたのはあなたじゃないですか」

「……ごめん」

「謝らなければならないようなことは最初からしないでください。逃げないと、終わりになどしないと、ここにいると約束すればいいんです。そうしたら」

「それは、……それは、できない」

 

 

 *

 

 

 箱の中の世界は只管に幸福だった。失ったものと失うことになっていたものの何もかもがそこにあり、血を流すことも炎に焼かれることもなく、間延びした月日はただただ穏やかに流れていった。

 やがてロスは成長し、王宮戦士として城に仕えることを決めた。筋書きに沿うようにアルバと出会い、旅をして、何の代償もないままに世界を救った。箱庭の始点と終点はそこだった。ロスが願った瞬間は、ここに於いて永遠に引き伸ばされるものだと信じていた。

 ――それなのに。

 

 故郷で迎えた朝には、爽やかさの欠片も見当たらなかった。鳥の鳴く声も聞こえず、やけに遠く見える朝日は弱々しく窓辺を照らす。凝り固まった背筋を伸ばし、寝間着を着替えて階下に降りると、居間では黒い頭が新聞を読んでいた。ルキメデスだった。

「納期は」

「ギリ間に合った……今度こそ死ぬかと思ったよ」

「毎回こんな感じだって聞いたけど」

「いやーあのー、なんか発注数一桁少なく勘違いしてたんだよね。気付いたときには脳味噌湧き上がるかと思ったわあははー」

 白々しい笑い声を上げる父親に蹴りを入れ、コーヒーを淹れるためマグカップを取る。目玉焼きを焼いていたシシリーが顔を上げ、微笑みながら呟いた。

「アルバくん、もう出てったわよ」

「……は?」

「裏山に出るグリズリーを一人で退治するんですってね。流石は勇者様」

 レイクちゃんも昔は憧れてたなあ。役所勤めの兄に思いを馳せ始める母親の隣で、ロスは硬直していた。クエストを受けたのか。いつ。

 ――昨日、本屋に行くと家を出たとき。

 一人でなんて無理に決まっている。弱くてダメダメでどうしようもないアルバに出来る筈がない。だからずっとロスが付き添ってやらなくてはならず、終点もタイムリミットも義務も約束も一切抜きにしていつまでもロスと一緒にいることになっていた。この世界はそのために作られたというのに、一体どうして。

 窓から吹き込む北風は、この水増しされた世界を引き裂くもののにおいがした。容赦のない寒気はロスの身の内に侵入し、丁寧に眠らせていた罪悪感と焦燥を無闇に揺り起こそうとする。気付いた時には脚が勝手に駆け出していた。

 通りを駆け抜け花壇を踏み荒らし、裏山に通じる道をひた走る。追い付いて捕まえて閉じ込めておかなければならないと、そればかりが頭の中を回っていた。何もかもに追い付かれる前に。

 アルバは麓のブナの樹の下に立っていた。名を呼ばれて振り向いた顔には何故か酷く不安気な影が差していた。彼が何を言うより先に、ロスは少年を殴り倒し、村外れの打ち捨てられた倉庫に引き摺りこんだのだった。

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