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初恋のなきがらを埋めるとき


 ねえルキ、初恋ってね、とってもびりびりしてあまくって苦しくて、そしてちょっとだけかなしいものなの。その後はいつものようにパパとの馴れ初めを語りはじめてしまったから、私はママの話をあんまりよく聞いていなかった。その日のおやつは確か生クリームたっぷりのイチゴのケーキで、そんなめんどくさいものより私はこっちの方がいいなあ、と思ったのだけ覚えている。パパとママがいなくなったのはそれからたった三日後のことだった。

 突然ひとりぼっちになった私はわけもわからないまま魔王になって、わけもわからないまま魔物を解き放ってしまった。そしてわけもわからないままにまたひとりぼっちではなくなった。手を伸べてくれたのは、真夜中みたいな男の人とお日様みたいな男の子。真夜中の人は私を知らなかったけれど、私はその人を知っていた。パパがよく話してくれた勇者様。パパを知っているということは、私が失くしてしまったものを覚えているということだ。私の外にもパパとママは残っていた。少しだけ世界が明るくなって、息がしやすくなった気がした。

 真っ赤な目、くらやみ色の髪、痩せているのに筋肉の付いたからだ、なめらかな肌。とてもきれいなその人は、低くかすれる声で私に向かってこう言った。

「……俺がクレアシオンだってことは誰にも言うなよ。とくにうちの勇者さんには」

「絶対に?」

「絶対に。二人だけの秘密だ」

「じゃあ、指切りね!」

 戦士のロスさんは一瞬とても嫌そうな顔をしたけれど、結局根負けしたように右手を差し出してくれた。小指が触れたそのときに、私はなにかよくわからないびりびりしたものを感じた。

 きっとこれが私の初恋だった。二人だけの秘密、というすてきな響きに浮かれていた私には、彼の言葉のほんとうの意味がわかっていなかったのだけれど。

 

*

 

 私はその気持ちを直視するのをためらわなかった。そして軽い気持ちで見せびらかしていいものではないというのもわかっていたので、彼の目に触れないようなところに丁寧にしまっておくことにした。私にもロスさんにもそれぞれ成し遂げなくてはならない大事な目的があったから、そのジャマをしてはいけなかった。

 だから私は彼をよく見ることにした。どこまでならよくてどこからがダメなのか、その線引きを見定めて、近づけるギリギリで彼の温度を感じるために。幸せになれるのだと思っていた。実るとか実らないとか考えずにただ恋をしているこのよろこびは、私が何か決定的にまちがうか、彼がゴールにたどり着いてしまうまでは続くものと思っていた。ロスさんは私と手を繋いでくれたし、私を大事にしてくれた。それでいいはずだった。

 私が彼を見ている以上に彼がもうひとりを見つめている、ということに気付いたのは、いつだったのだろう。きっとかなり早いうちだった気がする。からかって、罵って、軽口を叩きあって、時々わかりにくく心配して。そして何も言わないときでさえ、彼はたったひとりを見続けていた。彼の赤い目に浮かべられる感情は決してやさしいばかりのものではなかった。嫉妬、軽蔑、心配、安堵、嫌悪、そして愛情。いろんなものがぐちゃぐちゃに混ざり合ってとてもきたない色をしているそれと、私の胸にほのかに灯るこの思いとが結局は同じ名前で呼ばれるものだなんてこと、わかりたくもなかった。

 私の初恋はわけもわからないまま殺されてしまった。

 

 どうして私でないの、どうしてあの人なの。前半分の答えはよく分かっていたし納得もしていた。私の心と体はあまりに幼くて、彼にとっては庇護対象にしかなれないのだ。じゃあもう半分は?どうしてアルバさんなの?

 アルバさんはなかなかかわいらしい顔立ちではあるけれど、ロスさんのような目を引くうつくしさは持っていない。優しくてあたたかい人だ。でもとても弱くて甘い。そして彼はかなしみを知らない人だった。私やロスさんの心の中心をどろどろ溶かす真っ黒ないたみの淵に、手を浸したこともない人だった。

 どうしてこの人なのだろう。私が臆病に見定めてなんとか引いた彼との境界線を、アルバさんはいともたやすく越えてみせる。何も考えず彼に触れて笑って、そしてときどき殴られる。追い詰められればすぐに助けを求め、珍しいものを見れば目をかがやかせて名前を呼ぶ。その度にロスさんのひとみは血の色を濃くした。クレアシオンの物語に登場し得なかったたくさんのものを、彼はどんな気持ちで眺めていたのだろう。ロスさんは私には何も言わなかった。アルバさんは何かに気付いた様子もなかった。ロスさんが大事に大事になにもかも隠し続けていたから。

 そしてクレアシオンはゴールにたどり着き、二人だけが残される。

 初恋のなきがらは腐りもせずにただ落ちていた。

 

*

 

 休憩と情報収集のために立ち寄った町は花祭りのただ中だった。春の陽気にかがやく家並みは色とりどりの花や紙細工で飾りたてられ、ハレの空気に沸き立っている。肌の色すらちがう人々があらゆる通りを埋めていた。

 きれい、とかすてき、とかより先に、失敗しちゃったかなあ、と思った。これじゃあ宿はとれないかもしれない。ものの値段だっていつもより高くなっているだろうし、クエストの受注だってできるか怪しい。なのに隣の勇者さまは、祭りの熱気に当てられたみたいでとても楽しそうにしている。

「うわあ凄いね!前来た時は秋だったからお祭りなんてやってなかったんだ」

 出店とかわくわくするよね。はぐれたら怖いから手繋ごっかルキ。そう言って彼は勝手に私の左手を取って、人波の中に進み始めた。

「……アルバさん、無駄遣いしちゃだめだよ。屋台ものの油ってあんまりよくないからお腹壊しちゃうかもだし。金魚掬っても飼えないし変な笛とか使い道ないんだからね!」

「ねえルキ、お前ボクのことなんだと思ってるの」

「甥っ子?」

「弟ですらないんだ……」

 アルバさんは一瞬うなだれてみせても、次の瞬間にはまた微笑んで宿への道をたどり出す。迷いのない歩調だったけれど、目は何かを探すみたいにきょろきょろとしていた。何か欲しいものでもあるんだろうか。

「あ、ルキ、ちょっと待ってて」

 アルバさんはある出店の前で足を止め、人の群れをかき分けて消える。木製の車で移動販売をしているお店のようだった。でも、私の背では看板が見えないので何を売っているのかまではわからない。

 彼は数分もせずに戻ってきた。ごめんねお待たせ、と駆け寄ってくる手の中には光るものひとつ。

「これ。ルキに似合うと思って」

「え、私に?」

 それはきれいな髪留めだった。軽やかな曲線を描く金の地金に、月の光とミルクを混ぜたような白い石がいくつか填めこまれている。高級品ではないのだろうけれどとても丁寧につくりこまれた品だった。花の香りの中できらきらかがやくそれを見て、私は思わずわあ、と声を上げた。

「よかった、やっと笑ってくれた」

 私がはしゃいでいるのを見てアルバさんはほっとしたように言った。

「ここのところずっと暗い顔してたからさ、どうしたら元気になるかなーって。喜んでくれてよかったよ」

 アルバさんはとても嬉しそうだった。プレゼントをもらったのは私なのに。彼だって同じくらい辛くて疲れているくせに。この人はいつもこうだった。

 着けてあげるね。そう言ってアルバさんは私の後ろ髪をひとまとめにする。熱がこもっていたうなじを柔らかな風がなでるのはとても気持ちが良かった。

「この石、恋愛成就のお守りなんだってさ」

「え?」

 私は最初意味が分からなかったのだけれど、彼がいたずらっぽい笑みを浮かべたのを見て、言わんとするところを理解した。顔が一気にあつくなる。

「……知ってたの?」

「そりゃあ、あんな熱心にじーっと見てたらね。ああでも、ロスは気付いてないと思うよ。あいつ意外とトーヘンボクの鈍感野郎だったし」

 髪留めの位置を整えたアルバさんは、満足げに言った。

「だから早く捕まえて、口で言ってやんなきゃ」

 私が見つめている先が分かるほど、あなたは私を見ていてくれたの。かなしみの黒い腕に捕まった後でも、私のために微笑んでくれるの。うつむいた私の手を引いて未来に連れて行ってくれるの。

 勝てるはずがないなあと思ってしまった。きっと私が幼いこどもでなかったとしても、彼はこの人を選んだのだろう。――お日様みたいな人だった。

 わたしはとっても楽しくなって、そしてちょっとだけかなしくなった。

「うわっ、ちょっとルキ危ない!」

「えへへー。アルバさんありがと!大好き!」

 私はアルバさんに抱きつくようにして、彼の両手を握りしめた。

 今更戻ってきたって手を繋いでなんてあげないし、繋がせてなんてあげない。私の初恋を殺した彼にほんのささやかな復讐をしてやるのだ。

「ねえアルバさん、ロスさんなんてやめて私にしときなよ」

「へ?」

 トーヘンボクの鈍感野郎はやっぱりなんにもわかっていないみたいだった。

 

 私は心の真ん中に大きな穴を掘って、そこに初恋のなきがらを埋めた。

 いつの日にか新しく、きれいな花を咲かせるように。

 

 

 

 

 

(少女の初恋を摘み取る)

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