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101号室

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愚昧蒙昧折れた猿の手

 

 求めよさすれば与えられん。大理石で設えられた美しい言説には多少の注解が要請されている。正しきものを正しく求めよさすれば時に与えられん。愚かな老人はその宿命的な愚かさで以て赤字部分を読み飛ばし、何の衒いもなく落ちていった。

 悪趣味と無骨の域まで達した高価な指輪の群れは、その綺羅綺羅しさに絞め殺されんばかりの萎びた手に引っ掛かっている。かつて身の内に張り詰めていた水と若さと力を失い、あとは枯れて朽ち果てるのみ。骨に皮膚と血管を貼りつけただけのか細い指は、少し力を込めただけで容易く折ることが出来そうだった。大臣はその手を好んでいた。猿の手が折れるのを待っていた。

 ぽきり、と一本。名誉が欲しい。

 大きく足音を立てる死の影が彼の人の蒙昧を太らせた。身の内を食らう恐怖と虚無に大鋸屑を詰めて、乱雑に敷き詰めた夢の上を駆け回った。精神だけが赤子に返り、骸骨に載った冠を危なげに揺らして笑っていた。末期の喘鳴のようでもあった。白濁した眼に映る幸福が何色をしているのか分からなかったが、大臣は別に構わなかった。魔王は復活し、打倒され、王の望みは叶えられた。

 ぽきり、と一本。忘却が怖い。

 口にした蜜は随分と甘かったようで、愚昧と蒙昧は膨張を続ける。さらばえた体躯を覆い隠し何処までも際限無くぶくぶくと。満ち足りることを知らず菓子を強請り続ける老人に紛れもない愛おしさを覚えながら、マイン・フュンフは微笑んだ。王の貌が凍った。魔王は復活し、王の望みは叶えられた。

 残る指はあと一本。

「何もかも無かったことにしたいと仰いますか」

 緋色の玉座は巨大であって、一方で男はあまりに矮小だった。飾り立てられた猿の木乃伊の如き王は、今や裸も同じだった。寒さを思い出したかのように小刻みに震え続けていた。

「しかし、そうしたら、私もいなくなってしまいますが」

 彼の人が落ちた穴はあまりに深く、隣にはマイン以外一人として立ってはいなかった。

 魔族は初めて王の手に触れた。かさかさに乾いた死に逝く者の手だった。その指が折れようが折れるまいが知ったことではなかったので、彼は躊躇いもせずに口づけた。

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