[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
「口を開けてください」
かさついた唇はそれでも尚柔らかな幼さを纏っており、粥の乗った銀の匙を微かに押し返す弾力があった。黒い目は緩慢に瞬きを繰り返すが、アルバの反応は鈍い。同じ言葉を今度は耳元で囁いてやれば、やっと言うことを聞いたのだった。
古い倉庫に満ち満ちる黴と埃の臭いを、冷たい隙間風が攪拌していく。裸電球がきいきい鳴りながら揺れた。椅子に縛り付けられた少年の身体は複雑な陰影を帯びて、そこから動けないにも関わらず、何重にもぶれて溶けて消えてしまいそうに見えた。あらゆる縄と紐で以て縛り付けておかなくてはならなかった。
「よくできました。そうやってちゃんと言うこと聞いてればいいんです。全部オレが面倒見てあげます。勿論責任も取りますから、大人しくしててくださいね。逃げようとしなければ酷くしませんよ。優しくして、大事にして、ずっと一緒にいてあげます」
腫れ上がった頬に触れると、少年はあからさまに身を固くした。支配のぬるい歓びと激しい後悔は絡み合ってぐるぐると渦を巻きながら、ロスの肺腑をどす黒い色の溶液で満たしていく。溺死すら出来ない遠浅のくらやみの中、アルバの眼差しだけが煌々と光るようだった。
「なんでもしてあげますから、だから、」
――ここにいてください。
そのフレーズだけが、頑なに声となることを拒んでいた。
「……あのさ」
掠れた、小さな声だった。真っ直ぐにロスを見つめて、アルバが言葉を紡ぐ。
「猿轡はしないの」
「泣こうが叫ぼうが意味がありませんから。この辺り、人が住んでる家が無いんですよ」
「そっか。じゃあ、話をしよう」
少年は静かに目を閉じた。