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コインいっこいれた覚えもないのに気付いたら勝手にコンティニューが選択されていた上、レベル魔法装備の総リセットまでぶちかまされた。製造元が訴訟を起こされるレベルのバグだと思ったが、よく考えれば人生とか言うクソゲーはオープニングからして既に詰んでいた。乳児期に母と兄が謎の失踪って何だそれは。
もう仕方ねえと開き直ってマゾゲーマーも泣くレベルの縛りプレイで臨むことにした。具体的には子守り。脳味噌すっからぽんのへなちょこ勇者様は食らう攻撃全てに即死効果を付ける特殊技能があるらしく、見ていて笑いを堪えるのに必死だった。
「ねえ戦士……明らかにモンスター寄ってくるペース上がってるんだけどお前なんかした?ダークボトル的なものとかボクにぶちまけたりしてないよね?」
「失礼ですね疑うんですか」
「え、あのごめん」
「オレはただあなたの荷物におうごんのツメ突っ込んだだけですよ」
「うおお本当だいつの間に!? ていうかどっからこんなもん取ってきたのお前!?」
「ここでそうびしていくかい」
「選択肢出る前に強制的に装着はやめて!」
ファラオの描かれた悪趣味な手甲をアルバの左手に突っ込んで固定し、でろでろでろでろでんでろん♪と例の音楽を口ずさんでやる。馬鹿は半泣きでへたり込んだ。
「えっちょっこれどうすんの教会にたどり着く前に死ぬ気がするんだけど」
「全滅したら教会で復活しますよ」
「いのちをだいじにさせて! お前ほんとにボクのこと勇者だって思ってんの!?」
「勿論ですよ。勇者が服着て歩いてるみたいな人だなあと常々」
「勇者のデフォが全裸みたいな言い方やめてよ脱げってか!?」
「そして伝説へ……」
「そんなレジェンド面白くねえよ!!」
叫び終えた瞬間にゴブリンに後頭部をぶん殴られ、アルバは吹っ飛んだ。泡を噴いて動かなくなったのを確認してから、ロスは背中のバスタードソードを抜き放った。
あのツメ別に外れなくなるタイプの呪いは掛かっていないのだが、どのタイミングで教えるのが一番楽しいだろう。
これでいいのか、と聞こえた気がした。
*
手洗いから帰ってきたアルバがロスの正面に腰かけた。その顔は少々歪んでいる。
「ちくしょうたんこぶになってた……」
「あたま成長しましたね」
「脳の容量に変化はないからね!?」
「公共の場で騒ぐの良くないと思いますー」
近くに座っていた数名の咎めるような視線を受けて、アルバは赤面して縮こまった。仕草のいちいちが小動物みたいで思わずぶん殴りたくなる。本物の動物なら愛護法とかに引っかかるので、アルバが人間でいてくれたことに心の底から感謝した。
夕食時の大衆食堂には様々な年齢の男女がひしめき合っていて、話し声やグラスを合わせる音、タバコの煙に料理のにおいと様々なものが混ざり合ってごった煮の様相を呈している。決して清潔とは言えないような店内を見回してから、アルバは表情を和らげた。子どもの間抜け面から目が離せない理由を、ロスは知らない。
「……何がそんなに面白いんですか?」
「いやなんかさ、活気あるなーって」
みんな楽しそうだとなんとなくこっちも楽しくなってくるよね!と明らかに同意を求める口調で話を振ってきたが、ちょっとよく分からなかったので無視した。子どもは気分を害した素振りもなく、にこにこしながら料理を待っていた。
「はいよーお待たせしました」
「えっと……これ、何ですかおばさん……」
「ヨジデーです」
「ざ、材料は」
「ヨジデー」
皿の上でほかほかと湯気を立てる艶めかしい唇を備えた亀っぽい何かを前にアルバは途方に暮れていた。
「あのこれ頼んでないんですけど……」
「あっ勇者さんがトイレ行ってる間に注文変更しときました」
「なんで!?」
「個人的な楽しみのために」
「それで自分は優雅にトマトリゾットとか食べちゃうんだぁ」
「早く食べないと冷めますよー」
アルバは眉根を寄せながらヨジデーとロスの顔を交互に見つめていたが、ついに意を決したように口を開き、言った。
「ねえ、戦士の食べてるの一口ちょうだい」
「女子高生ですかあんた」
「空腹にいきなりこれ食べたら胃とかやられる気がするんだって!お願い!」
きゃんきゃん喚く勇者の顔を眺めた。うるせーなあ。無言で料理を掬ってスプーンを差し出すと、アルバは躊躇いなくそれに食らいついた。
「へへ、ありがと」
へにゃりと笑み崩れた顔を見て、何か取り返しのつかないものが落ちる音がした。気付いたらアルバの口に塩と胡椒とタバスコの瓶をぶち込んでいた。
*
宿への道を連れ立って歩く。日が暮れるとすぐに空気は冷えはじめ、コオロギの鳴き声が響き始めた。
「あははー勇者さんひっでえツラ」
「誰のせいだよくっそぅ……」
唇を晴らしたアルバが恨みがましく呟いた。少し先を行くロスが振り向くと、夜と同じ色の瞳と視線がかちあった。
「お前ほんとに楽しそうだよなぁ。最初の頃ずーっと仏頂面してたくせに」
「喧嘩売ってんですか」
「いや、なんか嬉しくてさ」
そう言ってまた子供は笑う。
楽しい。言い訳の使用も無いくらい確実に、ロスはこの旅を楽しんでいた。血と絶望の日々の続きだということも忘れ、恋だなんてものに落ちてしまうほど。全部この馬鹿のせいだ。勝手に人のフラグ立てやがった全ての元凶は視線を逸らすこともせず、まんまるな目でロスを見つめている。
これでいいんだ、とロスは答えた。
二週目の醍醐味はイベント回収だろう。否応なく放り出されたのだから、そのくらいの勝手は許されるべきじゃないか。
黙ったままアルバの手を握る。彼は少し驚いたような顔をしたが、振り払いはしなかった。そのまま二人で手を繋ぎ、よわくてニューゲームな夜の中を歩いて行く。