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ファタ・モルガーナとすくいぬし1

 

 血の味がする。泥の味がする。吐瀉物の味がする。色々な液体と色々な肉片が散らばった小さめの地獄の中にクレアシオンは横たわっていた。もう指先にも力が入らない。このまま泥人形のように崩れて、死体も残さずに消えてしまうのではないかと思った。何もかもが遠かった。

 ふと、頭を撫でる手を感じた。温もりがある。視界の端で茶色の髪が揺れる。ああ彼だ、とクレアシオンは感じた。顔を上げてはいけない。そうしたらきっと、また逃げてしまうから。

 ゆっくりと感覚が戻ってくる。彼はいつの間にか立ち去っていた。構わない。

 クレアシオンはひとりではなかったから。

 

*

 

「オレは千年前からあの人を知ってる」

 ブランデーで溺れる丸い氷がからりと音を立てて少し沈んだ。顔を赤くして少々目の焦点を失い始めたシーたんはひとつ小さく欠伸をしてみせたけど、オレはまだどういう反応をするか決められていなかった。

 シーたんの「あの人」は代名詞でありながら多分大文字太字イタリック体下線赤字くらいのごってごてした装飾を纏いつつたった一人を指していて、字面の重さに相当して本人への思いも壮絶にずっしりくるものがある。故に下手な返事をしたらオレの小指とかがなくなる虞もあるわけだ。けれど忘れちゃいけないのは、実のところ「選ばない」なんていう選択肢はこの世界において存在し得ないってこと。人はあらゆる反応と無反応に意味を読み取ってしまう。具体的で卑近な例を挙げると、オレの沈黙をスルーと受け取ったシーたんがテーブルの下で思いっきり足を踏んできた。

「あだだだだ!」

「虫野郎の分際で無視か死で以て無私となれ」

「ムシムシうるせーよわかんねーよ!」

「お前ミルワームとか好きそうな顔してるよな」

「ちょっとまろやかそうな字面が気になる」

「……うわ」

「えっドン引き?」

 シーたんはちょっと大げさなくらい身を引いた。いや別に積極的に食べたいわけじゃないけど何か気になるじゃん。気になるよね?レモン味のアリとかいるわけだから昆虫食にそこまで嫌悪感を抱くのよくないと思うんだよね。

 閑話休題。オレは与えられた一文の意味を改めて考える。千年前って言ったらシーたんが勇者をやってたころだ。オレのために。アルバくんは本人曰く「ただの人間」なので、当然その時代には生きてない。結論、何言ってんだこいつ。

 マジかよスゲーなとか言って流せるタイミングはとうに過ぎていた。割と強いつもりではいたのだが、酒のせいで反応速度が下がっているらしい。反応速度とか言うとまたツッコミマシーンこと勇者さんフィーバータイムに突入しかねないので絶対口には出さないけどね。アルバくんには物凄く感謝してるけど、彼の話をするのは大好きなくせに彼の話をされるのは大嫌いという根性ひん曲がり太郎の地雷原に突っ込んでいく元気は今のオレには無かった。適当な逃げ道はどこかにないのか!頑張れオレのコミュ力!

「えっと、何?魔法とか?」

「知らん」

 うわあ一文節。知らねーならこの話題打ち切ろうぜオレもうこの前みたいな会話のマトリックスごっことかしたくないよ。オレの無垢なる祈りをあざ笑うかのように、シーたんはまた口を開いた。

「いつも唐突に現れるんだ。視界の端あたりにいて顔は見えないのに、あの人だってことは分かる。そのくせ、いくら追っかけても追っかけても絶対に追いつけない」

「……逃げてたってこと?」

「さあな」

 あんまり深入りしないつもりだったのに、好奇心は勝手にむくむくと大きくなりはじめていた。くっ鎮まれオレの中の少年!

 実を言うと、オレはアルバくんの顔をよく覚えていない。声なんてもうさっぱりだ。なんせ魔王撃破後のあの一回しか直接対面していないのだ。彼はたまに届く近況報告の手紙と、そしてシーたんの記憶の中にしか住んでいなかった。だからこそ余計に空想は膨らんでいく。    

 チート魔力のアルバくんがなんかすごい感じの魔法で千年前に戻ったとして、目的は何だろう。多分シーたんを救うとかそういう感じ。なのに接触を避けようとする?何故?時間跳躍。タイムパラドックス。秘密の伏線。分岐する世界。もしかしたらこの未来も書き換えられたものかもしれない。彼は何者で何を成したのか?こいつはミステリーの匂いがぷんぷんするぜ!

 もう少しだけなら聞いても大丈夫かなあと思ったら、二の腕に入れ墨のある妙にふっくらしたおっさんがいい笑顔でやってきた。

「兄ちゃんたちもう看板だよー」

「あっじゃあお愛想で」

 差し出された紙片を見て札を取り出し、釣りをチップに取ってもらう。からんからんというドアベルの音に見送られ、オレたちは胸いっぱいに星と闇とを吸い込んだ。田舎の村の空は広く、高い建物も無いせいで遮るもののない宇宙がくらやみの速さで落ちかかってくる。野原ではきっと妖精が踊っているのだろう。

 素晴らしい夜だ。オレたちはいい夜を持っている。

 宿に着くと、シーたんはすぐにぶっ潰れた。ちゃんと口は漱いでるのが偉いと思った。

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