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ジェイコブズ・ラダーにほころびゆく花


 人生とは儘ならないものだ。

 フォイフォイはいつだってどうしようもないものにふん縛られて、首に縄やら鎖やらを括りつけられて、そうやって犬のように生きてきた。武器を取れと言われたらワンと吠える代わりに刃を握り、殺せと命じられれば投げられた骨を追うように首を取る。命じられたことを命じられたまま行っていた。己で判断するのは死地における一瞬だけでよかった。それを悲しいとか屈辱だとか感じるような心もいつしか麻痺していった。

 たった一人の大切な妹だったのだ。マルーのためなら何にでもなれると思っていた。彼女を救うために何を犠牲にしても惜しくは無かったし、縛られようが奪われようが知ったことではなかった。

 だからこそ、魔王が死んで十何年かぶりにしがらみから解き放たれた時、彼はむしろ途方に暮れてしまった。縛るもののない人生というのは案外恐ろしいものだった。

 妹を理由に価値判断を回避してきたたくさんのものが一気に襲い掛かってきたのだ。金銭目的の脱法行為の諸々に関しては今更過ぎて罪悪感もクソもなかったが、最大の問題は人間関係という点において噴出した。フォイフォイには何の打算もない人付き合いというものの経験がほとんどない。ギルドの連中とは完全にギブアンドテイクの関係だった。城勤めの約一年はほぼスパイ活動と言っても過言ではなかったし、他の人間で思い出せるのは道具店のおっさんかぶっ殺がした標的くらいだった。どうすればいいんだろう。もしかして自分もコミュ障だったのか。彼はちょっと焦った。

 これからは自分の目と、自分の意思と、自分の言葉で世界と向き合って行かなければならなかった。地獄に向けてひた走っていたフォイフォイを見捨てずにいてくれた人がいる。彼女らに報いるためにも、彼は支え無しで歩く方法を学び直さなくてはいけないのだ。

 ――という話をメイド長にしたら泣くほど笑われた。

「……おい。コメディじゃねえんだよ」

「ひー……ごめ、でもなんか面白くてついっ、くくくっ」

 呼吸困難寸前まで笑ってもまだ足りないのか、アレスは手近な壁をがんがんと叩き始めた。音に驚いた兵士が駆け寄ってきたが、アレスの姿を認めた途端に白けた顔で持ち場に戻っていく。城は今日も平和だった。

「じゃあアレだ、とりあえず妹さんにするみたいに人と接してみればいいんじゃないの。あとは適宜微調整~って感じで」

「適当だな」

「適当でいいのよこーゆーのは」

 じゃあ頑張ってねー。青い髪の女はフォイフォイの手から毟り取った札にくちづけると、愉快で仕方ないという顔のまま歩き去った。

 不安すぎる。だが他に相談できそうな相手がいないのも確かだったので、フォイフォイはアドバイスに従うことにした。

 

*

 

「五千」

「……は?」

 久方ぶりに姿を見せた執事長は第一声で金銭を要求した。なんなんだこいつは殴っていいのだろうか。中庭に設けられた四阿には雨上がりの陽光が入り込み、年月を刻んだ樫の柱とトイフェルの顔に浮かんだ隈を照らし出していた。

「本当なら一万頂きたいところですよ。君が戻ってきてからオレが何回メイドに詰め寄られて恋愛相談を受けることになったと思ってるんです」

「メイドに詰め寄られた?意味が行方不明だぞ」

 それと自分が何の関係があるというのだろう。フォイフォイが問うと、執事長は何故か一歩引き下がった。目が泳いでいる。

「自覚は無いと」

「自覚は無い……まあ、そうだな」

「すみませんめっちゃ話しにくいので執拗に目線を合わせてくるのをまずやめてください」

「あ?ああ悪い」

 適宜微調整。アレスの言った言葉を心の中で反復していると、執事長が疲れ切ったように溜息を吐くのが聞こえた。

「メイドにもそうやって接してるわけですね。昔はそんなんじゃなかったらしいのにどういう心境の変化ですか」

「メイド長の助言にフォロっただけだぜ」

「あのアマ余計な口出しを……」

 ダルそうな顔のまま激しい舌打ちをするという器用な芸当をこなして見せてから、トイフェルは「具体的には」と続きを促した。

「妹にするように他人に接してみろと……話すときには視線を合わせて、口角を上げ、パーソナルスペースは狭め、相槌は頻繁に打つ、相手の言ったことを反復する、なるべく否定語は使わない、とか」

「うわっキモッ」

 まだ意識があったころ、病床の妹の気分を少しでも上向かせてやろうとして選んでいた振る舞いだった。それをたった一語で否定されるのは流石に気分が良くない。フォイフォイはトイフェルを睨みつけたが、執事長はどこ吹く風といった様子で髪の毛を弄っていた。敵意の視線よりコミニュケーションに拒否反応が出るというのは人としてマズいのではなかろうか。トイフェルはまた溜息を吐いて、眠そうな視線を投げてよこした。半ばほど閉じられた目には何故か哀れみすら浮かんでいた。

「そのせいで君が自分に気があるものだと勘違いしてるお嬢さん方が複数名いるというお話です。あらゆる方向にクソめんどいんで以後止めるように」

「止めるように、って……」

 ならばどうすればいいというのだ。フォイフォイは顔を顰めた。他に適当な方法を思いつかないからこうしてきたというのに、それまで否定されてしまったらうまく立ち回れる自信はない。そう言うと、執事長は少しだけ笑った。

「別にうまく立ち回らなくていいじゃないですか。適当でいいんですよこーゆーのは」

「……は?」

「君はもう勇者でも魔族のスパイでもない、ただのフォイフォイ・ドランという人間です。迷って、転んで、失敗しながら生きていけばいい。――この城はそれを許してくれる程度には寛容ですよ」

 二十何歳だろうがオレから見たらガキなんですから適当に青春しといてください、と呟いてから、トイフェルはフォイフォイの肩を小突いて四阿から追い出した。グレーのスラックスの裾が芝生に絡む水分を吸い込む。突然のことに青年が驚いている間に、男は身支度を整えて立ち去ろうとしていた。

「おい!」

「……あ、最後にひとつだけ、オレからアドバイスです」

 口下手で人見知りでサボり癖持ちの割に人生経験だけは豊富な執事長は、渦を巻く瞳を和らげて言った。

「習うより慣れろ。君は真面目過ぎです」

 六月末の庭園は水滴と日のひかりに飾られ、今この時を祝福するようにきらきらと輝いていた。刈りそろえられた草の臭いがする。雨を飲んだ花の香りがする。噴水が巡る音がする。柔らかな風が駆け抜け、木々の梢が揺れるのが聞こえる。軛のない世界は、広く、自由で、恐ろしくて、そしてとても美しかった。

 少し離れたところに広がるランブラーローズの薄紅と、そしてここにあるどの花よりも可憐な少女を、雲間から降りるジェイコブズ・ラダーが抱きしめていた。小ぶりな包みを抱えた彼女が近づいてくるにつれて、その端正な目鼻立ちが形作る怒りと羞恥が、蒼い血を透かした赤い頬が見て取れるようになる。

 よく分からないが殴られるんだろうな。覚悟を決めたフォイフォイは、彼の姫君の下へゆっくりと歩き出した。

 

 

***

 

 

 あ、迷惑料回収すんの忘れてた。

 トイフェルが気付いたのは、自室に戻り就寝準備を整えている最中だった。引き返してもぎ取ってやろうかとも思ったが、カレンダーが視界に入り思いとどまる。ヒメさまが勝手につけていった赤いマルがモノトーンの中に今日の日付を浮かび上がらせていた。久々に長く喋ったし、自分からのプレゼントはあれで十分すぎる程だろう。

「お誕生日おめでとうございます、フォイフォイくん」

 そう呟いてから、執事長は思い切り欠伸をした。

 

 

 

(2013.06.30 / フォイフォイ誕作品)

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