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今ここに縋るノーウェア・マン1

 

 忘れてしまうのかもしれない、と呟いた。

 勇者であった頃の彼はまさしく亡霊そのものだった。クレアを助け父親を殺すことしか考えていない生ける屍。

 けれど苦痛と絶望に満ちた灰色の記憶はゆっくりと薄らいで、最早夢にも現れない。

 為すべきことを成したシオンは、今この場所で目を瞑る。

 

Now Here Man

 

 

 アルバが城の牢屋にぶちこまれて早数か月。王様の頭髪事情から魔界への移送は決定していたものの、留置施設の準備に時間がかかっているらしく囚われの勇者は宙ぶらりんになっていた。檻の中の生活は慣れているので別に悲しくもなかったが、ひたすら退屈なことだけは辛い。鈍い色の鉄の中、目を引くものと言えば壁中に貼られたおふだくらいしかなかった。

 おふだ。おふだ。おふだ。おふだ。雑誌の広告欄で通販でもしていそうなそれは、胡散臭いフォルムに反して割と効果はあるらしい。寝ても起きても全身に圧し掛かる重苦しさに、アルバは幽霊にでもなったような心地だった。たまに姿を見せる元戦士など勝手に塩と酒を設置していく。除霊すんな。

「……ん?」

 ぺらり。

 紙の撓む音がして、薄い一枚がアルバの視界に滑り込む。おふだが剥がれ落ちてきた方――格子戸の方に目を遣ると、影がひとつ立っていた。

「あれ、久しぶり。一人なんて珍しいな」

 訪問者はシオンだった。几帳面な彼にしては珍しいアポイントメント無しの来訪に、アルバは聊か驚く。常なら一緒のクレアもいないのを見ると、急ぎの用事か何かかもしれない。

 だが、シオンは何も言わない。何も言わずただぼうっと、亡霊の如くに立っている。一体何なんだろうか。

「えっと、今日はどうしたの?」

「……為すべきことを成しに来た」

 本格的に訳が分からなかった。また黙り込んだシオンに困り果て、アルバは話題を探して牢を見回す。やっぱおふだしか無いし自虐系成仏ネタで戦うべきだろうか、というところまで追い詰められたそのとき、枕元の置時計が目に入った。……午後9時半?

 面会が許されている時間帯はとうに過ぎている。それに、よく見ればシオンは酷い有様だった。纏う外套はくたびれ果て、顔には血の気が殆どない。何故かいつもより蝋燭が暗いので今まで気付かなかったが、濃い隈に縁どられた目は虚ろだった。尋常ではない様子にアルバは身を固くする。

「何かあったのか?死にそうな顔だけど大丈夫なの」

「殺されたって死んでやるつもりはない。大きなお世話だ」

「……医者呼ぶ?」

「余計なことをしたら燃やす」

 いつにも増して暴力的なうえに会話のキャッチボールをする気が感じられない。どうしてこんなに余裕がないんだこいつ、引きずってでもいったん休ませるべきではないのか。燃やされるのを覚悟で人を呼ぼうとしたとき、男は薄い唇を開けた。

「魔王は、どこにいる」

「……え?魔王って、ルキならいつも通り魔界だけど」

「――そうか」

 短い返事を残しシオンが踵を返す。アルバは慌てて手を伸ばし、格子の隙間から彼のマントの端を掴んだ。帰ろうとする男と帰すまいとする青年の間で引っ張り合いが始まる。

「ちょっと待てって!今日のお前なんかおかしいぞ!?」

「汚い手で触んな離せゴキブリ野郎」

「何かあったなら聞くから言えよ!」

「言ってどうなる。ここに閉じ込められてるくせに」

「うう……確かにそうだけど、心配なんだってば」

「……しんぱい?」

 シオンが突然引くのを止めたため、バランスを崩したアルバはたたらを踏む。尻もちをつきかけたが、何とか踏みとどまって口を開いた。

「お前はいい加減人に頼ることを覚えろっての!一人で抱え込んでぐちゃぐちゃやってるの見てると心配で仕方なくなるんだよ。ボクに出来ることならいくらでも力になるから」

 ほんとに必要なら脱獄くらいしてやるし、と言ったところ、シオンは何故か呆然とした様子でアルバを見ていた。

 そして、彼はそのまま掻き消えた。

 

*

 

「――っていうことがあってね」

 ルキは引っ越しそばを啜りながら、目を丸くして聞いている。

 あの事件から半月ほどで移り住んだ洞窟も城の牢同様に殺風景ではあったが、おふだ由来の圧迫感がない分住環境は快適だった。洋服箪笥に本棚、ベッドと言った真新しい家具の数々は、使い始めて数日経った今でも見るたびに何となくうきうきする。あとは鉄格子がなければ最高なのだけれど。

「アルバさん、どうして十代前半の幼女と二人きりの時に突然怪談を始めるの?キャー怖いーって抱きついて欲しいの?」

「そんな下心はないよ!?いやさ、あれから引っ越すまで誰にも話す機会がなかったもんだからずっともやもやしてて」

「引っ越した後なら誰かに言ってたりするのかな、それ」

「あれ、シオンここに来たこと知ってたの?」

「……やっぱり来てたんだね。どうせ初日でしょ」

「初日っていうか、引っ越し手伝いもとい主導してった」

 ルキは何故か遠い目をしていた。

「どしたの?」

「別にー」

「うん?――まあ、話はしたよ。あんまり縁起のいい感じじゃないからかなり大雑把にだけど」

 「うわやだ幻覚見るほどオレのこと考えてるんですかマジキモい、っていうかあんたの方こそオレの夢枕に立つのやめてください二件合わせて訴えますよ」と滑らかにのたまいつつ机(組み立て済み)でアルバをぶん殴る男は憎々しいぐらいに目を煌めかせていた。肌艶最高だったこと及び彼の言い分も併せて考えると、あの日地下牢で見た男はシオン本人ではないらしい。というか何だかんだで快眠しているではないか。お前の亡霊のせいでこちとら不眠気味だよ!と反抗したら体をあり得ない形に曲げられて引き出しに詰められてしまった。

「やっぱり幻覚、なのかなあ。病院は嫌だよ閉鎖病棟とかほんと怖いし」

「今この場所より閉鎖された空間なんてあるの?」

「あっ」

 アルバはちょっと泣きたくなった。

 頭を抱えている家主を尻目に、ルキはそばつゆに葱を足した。

「怪談、っていうか都市伝説かな?そういうのなら最近魔界で似たようなのが流行っててね――ってアルバさんなんで耳塞いで蹲ってるの」

「いやいやいやそういうの聞きたくないんで」

「だるまさんが?」

「転ばない!!」

「ちゃんと聞こえてるみたいだからこのまま喋るねー」

「うわああああ!」

 幼女でも魔王だった。

 曰く、黄昏時に独りでいるとき、後ろから突然声がしても決して振り向いてはいけない。そこにはエルシャさんが立っている。エルシャさんはただひとつ、「魔王はどこだ」と尋ねてくる。正しい答えを返せたなら一瞬で楽にしてくれるけれど、もし間違えてしまったらソレはあなたを生きたまま貪り食うだろう。

「どっちにしろ死ぬんじゃん……」

「ちなみにこの話を知った人の所には三日以内にエルシャさんが来るらしいよ」

「うそ自己責任系なの!?」

 アルバは額を地に擦り付けた。が、その程度では記憶は消えない。古典的すぎるとか出会ったら死ぬのにどうやって話広がってんだとか突っ込みどころは色々とあったが、怖いものは怖いし嫌なものは嫌なのだ。ていうか。

「『魔王はどこだ』って……ルキお前怖くないの?当事者じゃないか」

 そうなんだよねー、と蕎麦湯を飲みはじめたルキには何の緊張感もない。

「どこ、って言われてもね。私実は昨日までパパと一緒に地方視察でいろんなとこ回ってたから、エルシャさんに居場所を教えられた人っていないと思う」

「みんな貪り食われたわけか……」

 南無三。トップが精力的だったせいで痛い死に方をしたかもしれない魔族たちのために、アルバは少しだけ祈った。実在するかどうかは不明だったが。

 城の男。エルシャさん。非現実的なふたりは共に魔王を探している。偶然の一致だとしても、何故魔界が平和を取り戻したこの時期なのだろう?

 ――アルバが考え始めたその時、何かが砕け散る音が洞窟に響き渡った。

 

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