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「あんな雑魚相手に重傷ですか。勇者どころか人間かすら怪しいですね」
そう言って、戦士はアルバに薬草を手渡す。
「オレがいなきゃなんにもできないんですから」
そう言って、戦士はアルバの服を繕う。
「あれ、剣に罅入ってません?そろそろ買い替えですかね」
そう言って、ロスはアルバと並んで歩く。
「うわあ……気ぃ抜いてたらガンガン背ぇ伸びてるじゃないですか気持ち悪っ」
そう言って、ロスはアルバの頭を押さえつける。
「ふざけんな誰が庇ってくれなんて頼んだ!?くそっ血が!」
そう言って、ロスはアルバを怒鳴りつける。
彼はいつだってアルバに語りかけていた。嘲るように。からかうように。弄ぶように。
そして、
「突然ですけど休暇ください」
「……うん?」
「馬鹿の尻拭いしすぎてもうへろっへろなんでちょっと息抜きしてきます。ゴミの居ぬ間に洗濯ってやつですよ」
「それ本人に向かって言うあたり鬼はお前だよ」
「ロスさんどこ行くの?」
「秘密」
「お土産はスチッチの耳カチューシャがいい」
「あれすぐ飽きるからチョコクランチな」
「完全に夢の国行きじゃねーか!ていうかなんで知ってるのルキ」
「だってロスさんこの前本屋でガイドブックガン見してたし」
「おおぅ……」
「最近魔界にもオープンしたんだよー」
「というか魔界の方に行くからな」
「なんでまたわざわざ」
「限定グッズが凄いんですよ!クララベル・ギュウモデルのファラリスの雄牛が欲しくて」
「待て待て待て誰が中で吼えるの!?」
「分かりませんか」
「ですよねー」
「以心伝心だね!」
「うう……軟膏と包帯買っとかないと……」
「あれ処刑具だからエンゼルケアの心配した方いいですよ」
「えっボク死ぬの?」
「生き延びてもいいんですよ?」
「寛大ぶるならそもそも拷問も処刑もしないで!」
アルバが半泣きで叫ぶと、彼が背にした壁が三連続で大きな音を立てた。隣室の宿泊者からの壁ドンに思わず身をすくめた少年を見て、ロスが愉快そうに鼻を鳴らす。壁のあちら側の誰かに小さく詫び、それからアルバはトーンダウンした声で話を再開した。
「……まあ、別にいいけど。いつから行くの?」
「明日から」
「急だなおい」
「しばらく討伐依頼も入ってないんですからいいじゃないですか。一泊二日で帰りますし」
「確かにそうだけど普通もっと早く言わない!?」
「申請時期がいつだろうがあなたに拒否権はないので」
「横暴だぁ……」
少年はがっくりと首を落としたが、疲れ切った顔のまま「分かったよ行って来いよ」と言った。ロスの表情に差した影は彼の目には入らなかった。
「宿は変えないこと。あと勝手にクエストとか受けないでくださいね」
「はいはい」
「あなたとルキだけでやったってどーせクソ面白い失敗して終わりなんです。弱いくせにオレの見えないとこで調子に乗らないでください勿体ないですから」
「ボクのこと指差して笑いたいだけだよなあお前!」
「何にもできない馬鹿が絶望してるのちょー滑稽なんで」
ロスは笑いながら、右手の指先で蟀谷を揉んだ。いつものように頭痛をやり過ごそうとしたが、うまくはいかなかった。
*
「ロスさん行っちゃったね」
「即断即決にも程あるだろ……」
「がっつり注意されてるのにいなくなった途端討伐依頼受けてくるアルバさんも結構アレだと思うけど」
「あははー」
ベッドに腰掛けたアルバは目を泳がせた。手の中の羊皮紙にはギルドの依頼であることを示す朱印が押されている。オークだかイークだかを適当にやっつけるだけの簡単なお仕事だった。
「ていうかさ、もう一緒に旅して長いしボクだって結構頑張ってるんだし、あいつももうちょっと信用してくれてもいいと思うんだよね」
「信用(笑)」
「おい」
「でも確かに、エルフやっつけた頃に比べたら凄く強くなったと思うよ」
開いた窓からは街のにおいのする風と西日が入り込んでくる。アルバが勇者に任命されてからもう二年以上が経っていた。アルバの頬は沈む太陽に照らされて真っ赤に輝いていた。初めて出会ったときより少しだけ精悍になったその横顔を見たルキは、今度は柔らかく微笑んだ。
「肋骨折れても自己再生できるようになったもんね!」
「そこ最重要ポイントじゃないからね!?」
アルバは叫んだ後、少し怯えたように背後の壁を見た。幸いなことに、今回は隣人の気には障らなかったらしかった。会話が途切れる。ルキは寝台の上で足をばたつかせた。
「……それにしても、ロスさんどうしちゃったのかなあ。こんな気まぐれなことしない人だったのに。アルバさんへの当たりもどんどんきつくなってるし、なんか変だよ」
「疲れてるんじゃないかな。ほんとは一泊二日とか言わないでそのまま実家でゆっくりして来て欲しいくらいなんだけど……」
「あ、ロスさんの出身ってあのランドの近くなんだっけ」
「そうそう。たしかオリジニアって言う町」
ルキは抱えた缶の中から宝石のようなキャンディを取り出して、少し眺めてから舌の上に置いた。口に広がる甘さも少女の心に蟠る黒い影を消し去ってはくれなかった。ルキが何度も瞬きを繰り返していると、案ずるように覗き込むアルバと目が合った。幼い声は少しだけ震えていた。
「ずっと具合悪そうだけど、病気とかじゃないよね?お医者さんも大丈夫って言ってたんだよね」
「……大丈夫だよ。きっと大丈夫だからそんな顔しないで。このままの調子が続くようなら、伝説の薬草でも世界樹の滴でも取ってくるから」
「アルバさんが?ロスさん助ける前に死んじゃうよ」
アルバはベッドの横にしゃがみこんで、ルキの頭を軽く撫でた。少年の手は暖かかった。
「死んでも助けるから大丈夫」