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「ごめん、あのさ、迷惑だと思うけど、」
口の中がからからに渇く。喉の奥から痙攣が這い上がってきて紡ぐ言葉が奇妙に震える。
決めたはずの覚悟は簡単に崩れ去り、決定的な一言を言う前からアルバは後悔に押しつぶされそうになっていた。
女性として見られていないのは分かっている。アルバは年の割に子供っぽく、伸ばした髪を切ってしまえばまるで少年だろうとシオンの口からも言われていた。幼馴染の一人で、クラスメイトで、部活の仲間。時々じゃれかってくるのだって浮いた話のない自分をからかっているにすぎないのだろう。
隣にいられるだけで幸せだった。彼の友達というポジションに満足しきっていた。でも、もうそれだけでは駄目なのだ。高3の春。進路希望調査と書かれた一枚の紙が、彼と自分の道が分かたれることを無造作に告げた。
さよならしなくてはいけないのだろうか。彼が遠くに行ってしまったのなら、アルバはやがて褪せていくひとかけらの過去に成り果ててしまう。それだけは嫌だった、だから。
「ボクは、シオンのことが好きです」
受け入れられるなど微塵も期待していなかった。付き合ってもらえるものとも思っていなかった。ただ彼の思い出におおきな傷跡を残して、忘れがたい痛みになりたかったのだ。
「……え、部長さん、何を」
それでも、驚愕に目を見開き絶句したシオンを見て、アルバは心臓を突き刺されるような恐怖とかなしみを覚えた。
背を向け走り出すとき、少女は彼に気取られないように静かに涙を零していた。
***
「なんなんだあの女切ねえツラで今更好きですとか言いだしやがって今までの関係何だと思ってたんだ馬鹿か馬鹿なのか馬鹿なんだなまさか仲のいいお友達か何かだと思ってたのかお前はただの友達と毎日一緒に帰って手ぇ繋いで休みの日に買い物行って映画観てたまにキスしたりするのか可愛い顔してこのデコビッチが」
「シーたん落ち着いて超怖い。あと俺のベッドの下からいけない本引っ張り出してページ切り取った挙句逞しい脚の鶴量産してるのは何なの?」
「八つ当たりに決まってるだろう!」
「そして逆切れ!」
シオンが投げた快楽天(最早表紙しか残っていない)は見事クレアのこめかみに刺さった。母親のクレアくん部屋片しておいたわよ攻撃を生き抜いた猛者も狂乱した親友には勝てなかったということか。戦死した同輩を見送るような気分だった。切ない。
「いやシーたんさあ、あんましアルバちゃんに分かりやすく好き好きーって言ってなかったじゃん。告白とかもしてなかっただろうし」
「してたわボケ」
「マジで!?」
これにはクレアもびっくりした。シオンとアルバとは幼稚園からの長い付き合いだが、そんなことは寝耳に水だ。というかキスまで行ってたのにもビビっている。どうせ合意じゃないんだろうけど。
ずーっとどつきどつかれボケて突っ込まれ、この二人大変仲はよろしいが色っぽい雰囲気というものが全くなかった。まずアルバのシオンに対する態度というのが飼い主に懐く小動物状態だった。シオンの方はアルバに色目を使う野郎どもを片っ端から再起不能にし続けていたものの、嫉妬に狂った男の凶行だとバレないよう非常にうまく取り繕っていたし。詰まるところクソめんどくさいカップル未遂とばかり。
「ち、ちなみにいつ告白したの?」
「15年くらい前」
まさかの年少さんだった。
「砂場で遊んでる時に『好きです』って言ったら『アルバもシーたん好きー大きくなったらシーたんのお嫁さんなるの』と」
「よくそんな昔のこと覚えてるねシーたん……」
そのころの記憶と言ったら泥団子光らせてはしゃいでたことくらいしか残っていない。多分アルバも似たり寄ったりだろうし、それ以前に幼稚園児の戯れはふつう告白としてカウントに入れないんじゃないだろうか。目の前の男が本当に怖い。
「こんなことなら高校卒業まで待つなんて仏心見せずにさっさと既成事実作っとけばよかった……いやいっそ今から作りに行くか」
「シーたん犯罪!それ犯罪だから!」
「なあクレア、刑法典のどこにも『してはならない』なんて書いてないんだよ」
「へ?」
突然薄暗いトリビアを披露した親友にクレアの背筋を冷たいものが走る。何か話がヤバい方向に向かってないかこれ。
「……つまり覚悟さえあれば全ては許されているってことだ」
覚悟完了かよ。通報の二文字が脳裏を過ったがどうやって察したのか携帯を奪われた。絆(殺意)スゲーやべーマジこえー!
子供は何人作るかなーとか滅茶苦茶いい笑顔で呟き始めたシオンを前に、クレアは早々に突っ込みを放棄した。もう俺の手には負えないのでアルバちゃんが一台欲しい。あっ駄目か。犯されるわ。
林立する異形の鶴は何も言わずにクレアを見ていた。