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ボクは彼を失った。
みんなの憧れ、千年前の勇者様は御伽噺の続きとばかり魔王を連れて消え去った。まるで夢から醒めたように、後には何も残らない。
許せなかった。彼の痛みを踏み台にした平和、何も知らずにそれを享受する世界。弱い自分では何一つ変えられない。強くなりたいと思った。強くなって彼を助け出し、また笑いあえるようになりたかった。――なのに。
ボクは地面に倒れ伏し、目の前で展開する光景をぼんやりと眺めている。情けなさで頭がいっぱいで体当たりを食らった脇腹の痛みももう曖昧になってきた。立ち上がらなくてはいけないのだけれど、体に力が入らない。多分精神的なものだろう。あまりの脆さにいっそ笑えてきた。
ヒュン!と風を切る音。ボクの身の丈ほどの大剣がおもちゃのように振るわれて、胴体を叩き斬られた灰色の魔獣は光と共に魔界に還る。あれって向こうではどうなってるんだろうなあ。突然死体が転送されてくるとかスプラッタ系ホラーだと思うんだけど。
戦闘終了を察し、隠れていたルキが顔を出して彼へと駆け寄っていく。隣にはゲートで助け出した子供が一緒。赤毛の少女はアバラを押さえて涙目だったが、生きたまま獣に食われることに比べたら大分マシというものだろう。二人とも隅っこの方で駄目になっているボクには目もくれなかった。命に関わる負傷はないし労われるべきは当然彼の方なのだけれど、こうまであからさまだとちょっぴり傷ついてしまいそうだ。
「お疲れ様!大丈夫、怪我とかしてない?」
「ああ」
ルキに短く返事をしてから、彼はこちらに一瞥よこして嘲笑うように口角を歪める。いつまで地面とよろしくやってるんですかゴミ山さん、なんなら埋葬しましょうか。言葉にせずとも嫌味ったらしいメッセージは伝わってくる。反論するほどの気力もなかった。
そして彼は――戦士のロスは、ボクに背を向け歩き出した。
*
ロスが現れたのは牢を出て五日も経たないある日のことだった。
確か携帯食料にカビを生やしてしまい、新しいのを買わなくてはいけなくなったのだったと思う。市場に居た商人は意地の悪そうな小太りの男で、話しかける前からボクは委縮してしまっていた。
「一つ750だ。それ以上はびた一文負けるつもりはない。不満なら餓死しとけクソガキ」
「いや、でも隣町だとたしか650で……」
「じゃあ隣町で買ってくりゃいいだろうよ。食料無しで西の森越えて辿りつけるってんなら好きにすりゃあいい」
「うう……」
その当時、ボクは交渉ごとの経験が殆どなかった。気のいいおばさんがいるところで買い物するようにしていたし、どうしてもガラが悪いのを相手にしなくちゃいけないようなときは何か言う前に戦士が全て済ませてしまっていた。要するに他人の善意に頼り切っていたのだ。
どうしよう。もう日も暮れて久しく、店じまいしているところも多い。明日は早めに出発するつもりなので補給は今日のうちに済ませておきたかった。何故もう少し早く消耗品の確認をしなかったのだろう、言いなりの値段で買わなくちゃならないんだろうか。――こんなとき、彼だったら。
そう思った時、背後から声が聞こえた。
「その西の森だが、昨日商人が襲われたらしいな」
「……あぁ?」
「休憩中に後ろから襲撃されて喉をざっくり。無くなってたのが食料だけだったのと傷の形状から獣の仕業とされたみたいだが、もし人がやったんならえらい騒ぎになるだろうな。確か商人ギルドの幹部の婿だ」
「何が言いたいんだてめえ」
「別に何も。ただ俺は売り物詰まってる麻袋がやけに汚くて不快なだけだ。見ろよそこの陰になってる部分。まるで血痕みたいなシミじゃないか」
「いきなり妙なことほざき出してんじゃねえよ!ぶっ殺すぞ!」
「お前のケツ持ってたきな臭い連中なら、俺より先にお前を消すと思うがな」
「……脅迫する気かよ。いいだろう持ってけ600だクソガキ!」
「550」
「畜生が!」
唖然としている間に一週間分の食糧が手に入ってしまった。それも格安で。
ボクは震えながら振り向いた。声を聴いたときから分かっていた、間違えようがなかった、でも、信じられるはずがない。だってお前はあの時。
「間抜け面晒すのやめてもらえますか勇者さん。ぽかんと開けた口から出る呼気浴びたくないんで」
天突くバリサン、左腕の蒸気機関、背中の大剣、そして赤いスカーフ。紛れもないロスがそこにいた。
頭が真っ白になる。嬉しいよりも何よりも先に純粋な驚きがボクの口をついて飛び出した。
「……え、ええ?お前、お前なんでここに、え?封印は、魔王は」
「黙れへなちょこ」
「ぐがふっ!?」
アバラにクリーンヒットだった。ベキッてこれ折れた?まさか折れたの?
「あーすいません飛蚊症の発作で。勇者さんの内臓あたりにプラナリアのバケモンみたいなのが見えちゃって」
「眼科……眼科行け早く……」
これが感動の再会の顛末だった。BGMは悪徳商人の歯軋り。