101号室 掴み損ねたジギー・スターダスト 忍者ブログ

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掴み損ねたジギー・スターダスト3

 

「いい加減しつこいんだよ、ついてくんな」

「やだよ。ほっといたらお前死にそうじゃん」

「野郎にストーキングされてたらストレスで禿げる」

「生きてるだけましだろ」

 どれだけ邪険に扱われても、フォックスはクレアシオンの後を追ってきた。草の臭いの充満する森を抜け、獣の踏み慣らした道を歩き、断崖に築かれた洞窟で夜を明かす。茶髪の青年はやれ水を飲め飯を食えきちんと寝ろと捲し立てながら、頼まれてもいないのに世話を焼こうとした。クレアシオンは鬱陶しさを感じていたが、一方で、あの日彼が空から降ってきてから悪夢を見なくなったという事実を認めないわけにはいかなかった。ひとと他愛のない会話をするのは何か月ぶりだったろう。隣で眠るのは。クレアシオンは思い出さないように、考えないように努めた。

 ある朝クレアシオンが目を覚ますと、フォックスが荷物を漁り、固くなってしまったパンを取り出していた。少年の抗議の声も聞かず、彼はそのこげ茶の塊を千切って水に浸し、それから目の前の蒼白な顔をした子どもの口へとねじ込んだ。彼はクレアシオンの顎を掴んで上向け、細くしろい喉が嚥下の動きをするまで手を離そうとはしなかった。無理やりパンを飲みこませられたクレアシオンは激しく噎せた。彼は己の口内を凌辱した青年を何と罵倒してやろうかと考えながらねめつけたが、当の彼がひどく真剣な顔をしているのを見て取ると、そんな気分も失せてしまった。フォックスは溜息と共に「やっと食べたね」と言って、クレアシオンの咳が収まるとまた一口大にちぎったふやけたパンを差し出した。クレアシオンはしばらく口を固く噤んでいたが、その手が引込められそうにないことを悟り、観念したようにパンにくちびるを寄せた。ついでに指まで齧ってやったらフォックスは小さく悲鳴をあげた。クレアシオンは目を閉じていた。ぐずぐずの不味い小麦粉を呑み込む度、彼のながい睫毛は何かに耐えるように震えた。死にかけの鳥の雛を餌付けするような動きは、拳大のパンがなくなるまで続けられた。

 右の指先を歯型だらけにして、少し血も滲ませながら、フォックスは眉を下げて笑った。クレアシオンの脳裏には、何故か数日前に見た獅子の心臓の柔らかな輝きと屈折する星屑の光が蘇っていた。彼の腹は奇妙な満腹感を訴えていたが、酸っぱい胃液が上ってくる気配はなかった。

 

*

 

 フォックスがいると不思議と魔物が寄り付かなかった。恐らくは創造主たるルキメデスの魔力を感じ避けているのだろう。人畜無害を絵にかいたような青年から魔王の気配が立ち込める理由は未だにわからなかったが、クレアシオンは考えるのをやめていた。フォックスを追い払おうとか、彼がふと目を離した隙に撒いてやろうとか、そういうことを試みることもいつしかなくなっていた。出自や正体といったことを尋ねると、フォックスは目を泳がせて黙ってしまう。その顔を見るのが嫌だったので、クレアシオンは何も聞かないことを決めた。

 しりりりり、と気の早いコオロギが鳴く暗い草原に少年と青年は寝転がり、際限なく広がる黒い空とその奥の光を見つめていた。フォックスは星の名前を知っていて、あの天辺近くに光ってるオレンジのがアルクトゥルスで近くの白いのがスピカ、とどこか楽しげに説明していった。風は柔らかく、青い草と、少しの川のにおいを纏ってふたりの身体を包み込んでいた。

「夫婦星って呼ばれてるんだよ。しし座のデネボラと合わせて春の大三角」

「……あの明るい赤い星は。アンタレスだっけ」

「そう。よく覚えてたね。さそりの心臓、コル・スコルピイとも呼ばれる星だ」

 クレアシオンは昔父親が語った御伽噺を思い出していた。虫のいのちを刈り取って生きていた蠍が、いざ自分が鼬に食われるという段になって命が惜しくなり、逃げる最中に井戸に落ちて死んでしまうのだ。いのちの連鎖を受け入れられず無駄な死を選んでしまったことを悔やむ蠍は、神様に祈って、夜の闇を照らし出す炎に変えてもらうのだった。自分はどうなるのだろう、とクレアシオンは思った。彼はさそりの火になどなりたくはなかった。クレアを救い出せればそれでよかった。その後でたとえ鼬に食われようが溺れて死のうが、そんなことは大した問題ではなかった。あえかな頸とまだ伸びきっていない若木のからだを持て余す子どもは、必死でそう思い込もうとしていた。

「……もう寝る?」

 フォックスがこてんと頭を傾げ、クレアシオンを見た。その黒い右目には入れ子細工のように真っ暗な夜空が填めこまれていて、金銀に瞬く無数の星屑が浮き沈みを繰り返していた。彼の頬は夜の中でもぼんやりと光るようななめらかなばら色をしていた。

 あの日の流れ星にどんな願いをかけたのか、そのことに思い至ったクレアシオンは自分を殴ってやりたい気分になったが、今更得たものを手放すほどの勇気も持てずにいた。

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