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101号室

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どうしようもない僕に降りてきた天使を撲殺2(完)

 

「……大きな病院は二つ向こうの町まで行かないとないぞ」

「精神の統合を失調してはないから!ほらこれ」

 アルバは自分の片方の翼に手を突っ込んでごそごそとやり、何かを取り出した。そこどうやって物入れにしてるんだろうか。

 彼の右手が掴んでいるのは、赤く塗装されたボディに文字盤と蛍光塗料付の針がはめ込まれ、上部には二つ一組のベルが付いた――

「目覚まし時計?」

「いや時限爆弾」

「はぁ!?」

 シオンは思わず声をあげた。今時の神は硫黄と火でも洪水でもなく爆発物でケリをつけるのか。神秘性どこいった。というかこれカチカチいってるんだけど、この天使様まさか作動中の爆弾をナマで持ってきやがったのか。

「この村に悪魔が潜伏してるらしいんだけど、偉い天使様でも見つけられなかったから村ごと吹っ飛ばすことにしたんだって。やりたくないけど逆らったら堕天して地獄行きだし」

「堕ちてみろよ地獄」

「嫌だよ!恐ろしいところなんだってば、日照時間の不足と急激な環境の変化によって一年以内に約七割が重度の鬱を発症するとか」

 割と生臭い恐ろしさだった。

「にしても悪魔……悪魔ねえ。ツノとシッポ生やしてるやつなんて村にいないぞ」

「人間に取り憑いてるんだろうね。魂の天使でも見つけられなかったくらいだからきっと物凄く巧妙に隠れてるんだと思う」

「取り憑かれるとどうなんの?」

「えっと、まず目が濁って陰気な感じになり身なりに気を遣わなくなる。人を人とも思わなくなって、肉親だろうが幼い子だろうが利用するのに躊躇いがなくなるらしいよ」

「典型的だな」

「あと、やけに子供っぽくて、自力で責任が取れず、他人から見たらよく分からないことに熱中するようになるとか」

 ……ん?

「一体どこにいるんだろうね。見当もつかないや」

 シオンの背を一筋だけ汗が伝った。割と身近にいる気がするし物凄く明確に見当がついてしまった。これってまさか。

 その時がちゃりと音がして、家の扉が開いた。

「シーたん遅いぞ!おやつまだー?」

 子供っぽくて自力で責任が取れずよく分からないことに熱中している父親が顔を出した。

 

*

 

「痛いちょっ待ってシーたん突然馬乗りになってぶん殴ってくんのやめて!もしかしてお前が楽しみにしてたプリンと食品見本すり替えたのバレた!?」

「それは今知ったわクソ親父とりあえず死ね」

「なんでボクの目の前でいきなり親子喧嘩始まってんの!?」

「多分悪魔憑いてるのこいつだぞ」

「マジで!?」 

 ルキメデスの眼鏡がひしゃげて吹き飛ぶ。アルバはまた頭を抱えて唸り始めた。

「エクソシズムとか下級天使の力じゃ無理だぞ……?できる人に頼むにしても司教座聖堂は遠すぎるし」

「親子愛の奇跡を信じるしかないな!」

「父親の返り血浴びて言うセリフじゃないからね!?」

 しかし悪魔は一向に姿を現さない。顎に一撃入れるとついに意識が飛んだようで、ルキメデスはがくりと頸を落とした。駄目か。ぶつぶつ言ってるアルバからは悲壮感が漂っている。

「一体どうすればいいって言うんだよ……」

「まーまー元気出しって」

「ありがと……え?」

 聞き知らぬ声にシオンが顔をあげると、いつの間にか現れたタンクトップの男がアルバの肩を抱いていた。浅黒い肌、ヤギの如き巨大なツノ、ハーフパンツから顔を出す黒いシッポに蝙蝠の翼。

 アルバが思い切り息を吸い込むのがよく見えた。

「悪魔だーー!!?」

「な……見抜かれただと!?」

「首に看板下げてるレベルで正体喧伝してるだろうが!」

「流石は天使やね!オレはエルフ。地獄の大公爵や!」

「うそ凄い偉い!?凄い偉いのに凄いバカ!?」

「悪魔祓い(物理)が効いたのか?」

「いやなんか面白そうやったんで自主的に外出てみた」

「軽っ!」

 いつまでアルバにベタベタ触ってんだこの悪魔。イラついてきたシオンは二人の間に割って入りエルフの腕を引き剥がす。睨みつけると、シオンくん怖ー!と喚いて男はおどけてみせた。そこでやっと突っ込みに夢中だったアルバは身構えた。

「おい悪魔、この子の、シオンの父親に取り憑いて何をするつもりだ!?」

「いやー退屈しのぎに色々と。もーちょっとで天地創造第二回出来たのになー」

「そんな大それたことを……!魂の天使様の目を誤魔化せる力は伊達じゃないってことか」

「ん?オレ別に何も誤魔化しとらんよ?」

「え、だって会って魂見られれば普通は一発でバレるんじゃ」

「多分会っとらんなあ」

「は!?村人全員の魂見たって報告書には……」

「うち村の中心から遠いから、村の人間に聞かないと存在自体気付かないと思う」

 シオンが教えるとアルバは一瞬固まり、それから絶叫した。

「思いっきり見落としてんじゃねーか!!」

 断末魔に近い声だった。

 

*

 

「ちゃんと最終確認しようよ……いい加減人にもの聞けるようになってよ……なんてことしてくれたんだあのコミュ障……」

「そう落ち込まんといてよアルバさん。折角の可愛いお顔が台無しやで」

「……なんでお前ボクの名前知ってんの?初対面だよね?」

「だってオレアルバさんのファンだからね」

「え?」

「天界の隅っこでギター弾きながら一人で歌っとるのこっそり見てたんよ!なんてゆーたかなああの曲、そう、確かブルーシロ――」

「うわああああああああ!!」

 アルバは泣き叫んだ。

「見てたの!?あの黒歴史人に見られてたの!?マジで!?」

「天使が中二病とか……」

「冷たい目で見んな人間!お前が生まれるより前の出来事だよ!」

「あのボクゲンキー!っていうのが癒しでなー」

「やめてえええ!!」

 精神攻撃には割と強そうだった天使が言葉だけでここまで追い詰められている。シオンは悪魔の恐ろしさを痛感するとともに、激しい怒りを覚えた。人のペットになんてことをしてくれてんだこいつは!

「親父から出てきたんだからそのまま地獄に帰れよ悪魔」

「やだよあそこつまらんもん。あーでもアルバさんが嫁に来てくれるなら考えるわ」

「何言ってんのお前!?」

「断る!」

「何でお前が断るのシオン!?」

 そっかーそれなら仕方ないなー、と言ってエルフが考え込むような素振りを見せる。しかし、その口は隠すつもりもない笑みに歪められていた。

 訪れた沈黙に、カチ、コチ、という音が響いた。時計の音。しばらく意識の外にあったが、時限爆弾は変わることなくカウントを減らし続けているのだった。

「んで君らどーすんの?オレはここにこーして居座っとるわけやけど、神様の言いつけ通り無辜の村民ごと村焼いちゃう?ロックだわー」

「……そうなったらお前だって」

「下級悪魔ならまだしもオレは殺せんって!頑丈に出来とるからねー。至近距離で食らったってちょっといろんなとこ痛くて動かせんことなってPTSDを患い食事も満足に取れず暗い部屋のベッドに寝たきりになるぐらいよ」

「割と重症だな」

 シオンが足元の赤い時計を拾うと、慌てたアルバが危ない触るなと言って取り上げようとした。構うものか、爆発すればどうせみんな死んでしまうのだ。文字盤を見ると、短針と更に短い針は今にも出会いそうになっていた。残り時間はあと数分というところだろうか。

 アルバをちらりと見る。泣きそうな顔で立ち尽くしていた。

 ベルが鳴ったらオリジニアは灰になる。実感はまるでないし、夢だと言ってもらえた方がありがたい。だが、目の前には角と翼を持つ化け物がいる。そして天使。アルバの温かさや笑顔、泣き顔、地面を這う絶望に満ちた顔、そしてアバラをへし折る感触、そういったものが夢だとは思いたくなかった。どうすればいい。クレア。父さん。死にたくない。

 シオンは必死に頭を回転させる。自分の力ではおそらくどうにも出来ないのだろう。だから天使と悪魔を使って爆弾をなんとかしなくてはいけない。ワイヤージレンマどころではないまっさらな状況、かちりこちりと言う音が時間を削り取っていく。記憶を辿れ。突破口を見つけろ。奇跡を起こさなくてはいけない。

 ……奇蹟。

「アルバ、さっきの奇蹟をもう一回オレに」

「え!?なんでまた」

「いいからさっさと!失敗したらヤギに足の裏を舐めさせ続ける」

「ひいいいい!!」

 アルバが怯えながら詠唱を始めたのを確認し、シオンは悪魔へと歩み寄った。暗闇色の瞳の中で、覚悟を決めたシオンの姿が大きくなっていく。エルフは厭な笑みを深めた。

「アルバさんの奇蹟じゃ防御力は上がらんよ?自分だけでも助かりたいってのもわかるけどなあ。ごしゅーしょーさまー!」

「あーん」

「うん?」

「いいから口開けろ。あーん」

「?あーん」

「もっと」

「あー」

 限界まで開けられた悪魔の口にシオンは時計を突っ込んだ。

「もがっ!?」

「お前頑丈なんだよなあ?……爆発をゼロ距離で食らっても粉微塵にならず、障壁になれるぐらいには」

 アルバの祈りが終わり、シオンの体が輝き始めた。エルフの腰を鷲掴みにして少年は悪魔のような顔で笑う。

「おらぁああ!!」

「もごおおぉぁおお!!?」

 恩寵によって押し上げられた臂力で以て、爆弾を取り込んだ悪魔は空の彼方までぶん投げられた。

 秋の空のどこかでベルの音が小さく響く。一瞬の後にちいさな爆発音だけが聞こえた。

 

*

 

「……え?やったの?」

「みたいだな」

 アルバはしばし呆然とした様子で瞬きを繰り返していた。悪魔が消えた秋空の彼方、倒れているルキメデス、自分の手、と視線を彷徨わせた後、やっとシオンに瞳を据える。

 そして天使は少年に抱きついた。

「おいちょっとお前何……!」

「ありがとうシオン!お前のお蔭で村は救われたし悪魔も退治できたんだよ、嬉しくてしかたないや。本当にありがとう!」

 今度はシオンがフリーズした。むき出しのアルバの腕が首筋に触れ、日を弾く茶色の髪とその下の柔らかな頬がシオンの顔に寄せられている。彼の体からは陽だまりと春の花を一緒に閉じ込めたようなにおいがした。喜びに弾む甘やかな声。温かい。なんだこれ。どうすればいいんだこれ。顔を見られていないのが唯一の救いだった。

 腕の中のシオンが抵抗を見せないのに気を良くしたのか、アルバは少年の黒髪をわしゃわしゃとかき回し始めた。

「お前はボクの勇者様だよ」

 幸せそうな声にシオンの顔がまた熱くなる。

 小さな勇者様はそっと天使の背に腕を回し、後頭部をぶん殴った。

 

 

*** 

 

 

 「いってええ!殴んなくていいじゃん!」

「半裸で少年に抱きつくな変態」

「ハッピーエンドの演出として許してよそれくらい……」

「ところで、お前なんか左目赤いけど」

「え?」

「あと翼も左側から黒っぽくなってきてる」

「うわああああなんで堕天してんのボク!?命令違反してないし悪魔も倒したのに!」

「村は滅ぼしてないけどな」

「……それかよ!?杓子定規すぎだろもうやだ誰か助けて!!」

「まかせろ!」

「おいちょっとなんだそのノコギリ」

「鳥類の室内飼いのために風切り羽を切ろうかと」

「何言ってんのお前!?」

「風切り羽どれだか分からないんで付け根からいくわ」

「いやああああああ!!」

 

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