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女体化した。
起きて、半分寝たままトイレに行って、何かがおかしいことに気付き、絶叫。同室の戦士が半ギレで扉を蹴破ったとき、アルバはパニックのあまり泣きながらトイレットペーパーを転がし続けていた。事情を話したら問答無用で素っ裸に剥かれて全身を検分された挙句に馬鹿みたいに笑われた。息も絶え絶えに震えている彼はそのうち腹筋が攣ったようで、最早笑いを堪えているのか苦痛を噛みしめているのかよく分からない顔をしてアルバを一回だけ殴った。
「原因に心当たりは」
何とか固い声を出してはいるものの、戦士の顔は完全に獲物を前にした肉食獣のそれだった。限界まで遊ばれるぞ、と脳味噌の端の方が囁く。アルバは胃の痛みを感じた。急かすような視線を感じながら首を横に振る。鼻を鳴らす音が聞こえた。
「そうですか」
それだけだった。
揄いも罵倒も、ついでに対策も今後の動きに関する話もないままあまりにあっさりと解放されて、元少年は呆然とした。彼ならなんとかしてくれるものと信じていたのに。この男はよく分からないことをたくさん知っていて、日ごろはそれを最大限に悪用してアルバの心と体を甚振るけれど、どうしようもなくなった時には舌打ちしつつも助けてくれるのだと思っていた。手ひどい裏切りにあったような気がした。見捨てられたのかもしれない。喉の奥に塊が生まれ、呼吸が苦しくなった。
声を出すと水っ気が混じりそうだったので、アルバは黙って着替えに手を伸ばした。
*
「どうぞ」
素っ気ない言葉と共に手渡されたのは、紫の石が填めこまれたチャームだった。意味が分からなくて受け取りもせずにいたら、右手を掴まれて手首に巻かれた。勝手に外したら怒りますからね。彼は殴るとも蹴るとも言わなかった。後で調べたら、掛けられた魔法の効果時間が延びるアクセサリだと分かった。意味は分からなかった。
元々モヤシに毛が生えたような体格だったのが、性別が変わってから更に筋肉が落ちた。剣も満足に振れなくなって、またスライムに苦戦するようになった。役立たずに逆戻り。けれど、戦士は何故かアルバを放り出すことはしなかった。ため息交じりに終わらない戦闘を眺めて、何故か、おかしなことに、驚愕の事態ではあるのだが、時折加勢してくれるようにもなった。彼が剣を振るうと一瞬で戦闘が終了する。アルバなど居ようが居まいが同じだった。
荷物を持ってくれるようになった。床でなくベッドで寝かせてくれるようになった。殴られなくなった。人ごみでさり気なく庇ってくれるようになった。戦士のアルバに対する扱いはあからさまに変わっていた。
「これが普通……なんだよなあ」
勇者と戦士という関係性を鑑みれば。けれど、アルバとロスにとっての適切な距離感には既に別のものが設定されてしまっていて、今更普通の物差しを当てられたところで違和感が勝るのだった。非力になった。足手まとい。手間ばかりかけさせる。予測された罵倒は飛ばず構えた身は行き場を失う。
友達になれたのだと思っていた。馬鹿にされながら、痛めつけられながら、それでも彼に近づけたのだと喜んでいた。不測の事態で全部崩れ落ちてしまうほど脆いものだったのだけれど。これからどうなるのだろうなあ、と思った。旅はいつ終わりになるのか。戦士はアルバをどうするつもりなのか。体はもう元には戻らないのか。最後が一番重大なはずなのに、慣れてしまえばどうということはなかった。寧ろ、他の二つが突き刺さって抜けなかった。
*
ニセパンダに殴られて盛大に吹っ飛ばされ、芋虫よろしく悶えている間にまた戦闘は終った。大剣を収めた戦士がアルバの元に歩み寄り、それから黙って手を差し出した。アルバは動かなかった。
「……どうしました。変なところ打って立てないとかですか」
「そうじゃなくて」
この手を取ってしまえば何かが死ぬ気がしていた。それはきっと今までの関係性であり、それを築き上げたアルバという人間だった。上書きされ更新され復旧もままならない。それを看過したくない程には、アルバは戦士が好きだった。
「お前さ、前まではこんなことしてくれなかったろ。外側がどうなったってボクはボクのままなのに扱い変えられて、なんか変な気分で……」
「どんな気分なんです」
「え?」
「具体的に、どんな気分なんですか」
人形めいた顔が近づいてきたせいで、アルバの視界は影で覆われた。午後の光を背で覆い隠して、戦士はぬるい無表情を湛えている。赤い目に不可思議な色を揺らしながら。圧迫感を覚えても逃げることすらできず、アルバはひたすら考えた。どんな気分って聞かれても、うまく答えられない。とにかく変で、それに、おそろしいんだよ。
「なんていうか、こう、頭がぐじゃぐじゃになって、寂しいような嬉しいような、あと妙に心臓に悪い感じがするっていうか」
「それはよかった」
アルバは自分が何か取り返しのつかない失敗をしたことに気付いた。背筋を下りる汗の温度が分からない。戦士は見たことも無いようなきれいな顔で笑っていた。
「あなたが変わっていなくても、変わるものはあるんですよ。法的な取り扱いとかね」
「ごめんあの、何言ってるか分かんないよ」
「寂しかったんですか。でもこうなったらこうするのが一番手っ取り早いんで、ちょっとだけ我慢してくださいね。異なるルートで同じゴールを目指すためには最適解だって違ってくるんですから」
そう言って、彼はアルバの手を取った。拒む隙もないようなうつくしい動きで、そうするのが当然であるかのようだった。触れられた部分が怖いほどの熱を帯び、震えと共に全身に伝染していった。
「元に戻っても戻らなくても変わりません。同じことです」
囁く声は酷く近い。
アルバの中の少年が殺され、ぐちゃぐちゃに絡んではみ出て定義できなかったものがラベル付きの瓶に押し込められて永く永く燃え始める。それを悲しいとすら思わなかった。