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この箱の中の世界 2

「やたらと落ち着いてますね。流石はプロ囚人」

「不名誉な呼び方やめて!大体はお前のせいじゃん」

「牢屋の似合う顔してるんだから仕方ないじゃないですか。オレの手も滑りますよそりゃ」

「……それでさ。ボクを閉じ込めて、お前は一体どうする気なの」

「どうもしませんよ。ずっとこのまま、一緒に生きていく。それだけです」

「それで、幸せ?」

「ええ」

「本当にそれだけでいいの」

「は?」

「ボクがいるだけじゃ駄目だろ。他に何か、欲しいものとかやらなくちゃいけないこととかあるんじゃないの」

 

 

 ***

 

 

 二度目の技術指導要請があったのはハナレガから帰って一年ほど経った頃だった。今度の派遣先はハジマーリ第二の都とも言うべき商業都市であり、家柄という後ろ盾のない身には望むべくもない程の大栄転に違いなかった。

「行きなよ」

 魔物に切り裂かれた向う脛には未だ血が滲む。消毒液が沁みたのか、顔を顰めて包帯を巻きながら、アルバは事も無げに言ったのだった。

「……任期無期限ですよ。植物人間にでもなるつもりですかあんた」

「いない間入院させとこうとするのやめてくれる!?バット下ろしてよ!!」

「脳天に?」

「誰も傷つけないような安全な位置に!」

 涙目で息を切らす少年は、この一年の間に随分と背が伸びた。見下ろす位置にあった茶色い頭は今や殆どロスと同じ高さに変わり、頼りなかった骨格も少しずつではあるが剣士に相応しいものになりつつある。馬鹿で愚図で弱くて何も出来なかったくせに、そのようであれと願いそのようにつくりそのように育て上げたにもかかわらず、アルバは日々確実にロスを裏切り続けていた。

 世界は何も変わっていない。ラスボスは概して経験値をくれないもので、エルフに勝ったからと言って一息にレベルアップしたなどという都合のいいことは起きていない。けれど、ただそこにあるというそれだけのことで、彼は不可逆に変わっていく。

 助けを求めなくなった。斬撃に耐性があることにも気付かずスライムの変種に向かって行ってはボコボコにされ、満身創痍で地に沈みながらも勝ったと言って笑っていた。

 逃げ出さなくなった。二メートルを超すオークに迫られて、泣き喚き震えているくせに剣を手放すことはしなかった。血塗れで敵に向かって行くものだから、レッドフォックスなどと言う馬鹿げたあだ名まで付けられた。彼は独りで立とうとし、それが可能なものになろうとしていた。

「ねえ、勇者さん」

 声が震えていなかったかどうか、自分でも確信が持てなかった。ロスを見詰める黒い目にはいつでも光が無く、あらゆるものを無差別に飲み下してしまおうとする。時折全てぶち撒けて許しと助けを乞うてしまいたいとすら思ったが、塗り替えた自分自身はそれを忌避する程度に賢明で、懸命だった。

「一緒に来ませんか」

 答えは分かり切っていた。当然、アルバは首を横に振った。

 ――ボクはこっちに残って魔物の送還を続けるよ。まだまだ不安ばっかりだけど、ルキとふたりならきっと何とかなると思う。これ断ったら出世のチャンスなくなっちゃうかもしれないじゃん。そういうのは掴みに行かないと駄目だって。

 勝手なことを言い募った揚げ句、身勝手な勇者様は笑ったのだった。少しばかり照れたような色まで載せて。

「離れてたって、友達は友達だろ」

 柔らかな言葉はロスの身の内を浸食し、じわじわと塗り固めた仮初どもを砂礫の一粒へと還していく。防壁を剥ぎ取られたその下から現れるのは、直視すれば呼吸が止まる類の永く重い約束だった。

 計算に齟齬が生じていないのならば、願いで以て世界が回り続けているというのなら、それなら何が間違っていたというのだろうか。

 

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