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「やけに突っ込んできますね。何考えてるんです」
「会うなりぶん殴られて意識落とされて、目覚めたら縛られてた上に強制的にご飯食べさせられて、全く意味が分かんないんだってば。事情を説明してくれないにしても喋ってないとおかしくなりそうなの」
「いつもおかしいじゃないですか。ルキの服のにおい嗅いだときとか流石にドン引きしましたけど」
「ボクそんなことしてないよ!?」
「忘れたんですか。随分と都合のいい脳味噌をお持ちで」
「うううもういいよ認める、認めるから……話戻そうよ」
「どこに」
「お前はどうしたいか」
「……特に何もありませんけど。ただ普通に、面白おかしく生きていきたいってだけです」
「そっか」
***
辞令の発効まではまだ時間があった。
各地に出没する魔物を送還しながら旅を続けているうち、一行はオリジニアへと辿り着いた。強行軍が続いたので羽根休めも必要という話になり、ロスの故郷のこの村で一週間ほどを過ごすことになった。
それから二日ほど経った薄曇りの昼下がり、空の彼方からやたら足の数が多い鳥が飛んできて、買い物をしていた三人の足元に書簡を落とした。わたし宛だ。そう言って黒い筒を開いたルキは、癖の付いた羊皮紙を眺めて小首を傾げた。
「パパが呼んでる。なんか、家族のことについて大事な話があるんだって」
ひとつ謝罪を残して少女は魔界へと帰り、アルバとロスが残された。
二人で過ごす時間は奇妙に緩んでおり、一瞬を限界まで薄めて引き伸ばしたかのようにざらざらと荒い。空は抜けるような水色に塗りつぶされ、疎らな家並の奥では木々の緑と実った林檎の赤がコントラストを成していたものの、全てが焦点を失ったかのように輪郭が曖昧だった。ぼやけて蕩け、台木のどこか深い部分は甘く腐った臭いを放ちながら、ゆっくりと砂に還り始めていた。
秋にも冬にも相応しくないぬるい風の中、アルバがぽつりと言う。
「暇だなあ」
脚を掛けてやれば見事に蹴躓き、子どもは灰色の石畳へと顔面から突っ込んでいった。喉奥から笑いが漏れる。喚き立てる声は旅に出た頃より少し低くなっていたが、ロスは努めてそれを聞き流した。
「言語でコミュニケーションとって欲しいんだけど!?」
「オレとあなたの仲じゃないですか」
「無言ですっ転ばせてくるってどういう仲だよ……」
「オモチャと所有者」
「人権認めてよお!」
つう、と零れてきた鼻血を手の甲で拭い、アルバはひとりで立ち上がった。悪態を吐きながら、今度はロスの半歩先を進み始める。真っ直ぐ前方に据えられた視線に、青年は内心で溜息を吐いた。
「――そもそも、休みが欲しいって言ったのあなたじゃないですか。今になって何を言い出すかと思えば」
「そうだけどさー……。三日ものほほんと過ごしてたら動きたくなってくるもんだろ?ねえ、クエストとか受けていいかな」
「嫌ですよめんどくさい」
不満気に頬を膨らませたアルバは尚も言い募ろうとしていたが、よく動く口が開くより先に、二人は扉の前に辿り着いていた。
ドアベルが控えめな木の音を立てた。ただいま、と呟くと、椅子に腰かけて棒針を繰っていたシシリーが顔を上げる。母親は編みさしを置いて立ち上がり、ロスの持っていた買い物袋を受け取った。
「おかえりなさい。悪いわね、お使いなんか頼んじゃって」
「別に。時間は余ってるから気にしなくていい。親父は」
「研究室。ギルドの方にお願いして、今日いっぱいまで待ってもらえることになったから」
開け放した窓から顔を出すと、葉を落とした林の奥に掘っ建て小屋めいた離れが見えた。簡素な屋根にギリギリのバランスで乗っかる巨大な煙突からは濛々と黒い煙が立ち上り、恥ずかしげも無く田舎の空気を汚し続けている。納期に追われる父親の悲鳴が聞こえてくるようだった。
「相変わらず夏休みの小学生みたいな真似してるのな」
「心は少年って素敵な響きよね」
年季の入ったバカップルに頭痛を覚えていたら、あれ、と声が聞こえた。アルバの目は壁掛けのカレンダーに据えられていた。
「今日、雑誌の発売日だった。ちょっと本屋行ってきていいかな」
「僻地なんで一日遅れだと思いますけど」
「マジで……いいや、見るだけ見てくる」
扉の閉まる音と共に少年の背は見えなくなった。