101号室 ワンダーウォールを叩き壊す日 忍者ブログ

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ワンダーウォールを叩き壊す日1

 

「世界最大とかいう滝を見てきました。滝の裏に回れたんですけど、レインコート着てるのに下の服までびしょびしょになっちゃって。視界の端から端に収まりきらないほどのパノラマで、見上げても見えないほど遥か高くから、オレの足元までいっぺんに大量の水が降り注ぎ続けてるんです。感動的というかあまりにも煩くて頭がおかしくなりそうでした」

「ステンドグラスってあるじゃないですか。町の教会のだと小ぢんまりした感じですが、大聖堂まで行くとやっぱり規模が段違いですね。真っ白でやけに天井の高い礼拝堂の一番目立つ正面に、巨大な真円が填めこまれているんです。内側から青、緑、黄、赤と同心円のグラデーションになっていて、それらを縦断するように円の中心から放射状に細いフレームが何本も渡されている。虹色に輝く大きな花みたいでした」

「船酔いって知ってます?ああ、そういうことは覚えてるんですか。同行者が酷かったので。東の島国まで足を延ばしてみたんですけど、やっぱりちょっと感性が違いましたね。植物っ気の一切ないところに砂利を敷き詰めて、その中にちょっと大きめの岩を思い出したようにちょんちょんと並べた庭があったんです。枯山水とか言ったかな。何がありがたいのかはよく分かりませんでしたけど、『はるか上空から雲海に突き出した山頂を眺めているのだ』とか言い出す奴がいて、それにはなるほどと思いました」

 

青年の声 / 隔てるもの

 

 

 アルバが目覚めると彼はいた。いた、と言っても最初から姿は見えなかった。ただ声だけが響いてきて、まるで何の隔てもなくすぐ隣で話しているかのような明瞭さで以てアルバの鼓膜を揺らしたのだった。

 魔王さん、と青年は呼ぶ。初めはそれが自分のことを指しているのだと分からず、アルバは碌に返事もできなかった。まおうさん。まおうさん。繰り返される言葉。反応もしないのにあまりにしつこくて、なんなんだよ、とアルバが呟いたところ、小さな声だったにもかかわらずしっかり聞こえていたらしく「返事すんの遅すぎですよ舌引きちぎって窒息してください」と罵倒されてしまった。あんまりだと思った。

「魔王って何なんだよ?ボクの名前はアルバっていうんだけど」

「知ってます。でも自分で魔王って名乗ったんじゃないですか」

 あなたが、オレに。青年の声はそう言った。

「そうなの?」

「……覚えてないんですか」

「覚えてないって言うか、うーん……そもそもキミ誰なの?」

 バチバチバチィ!と言う音と共に壁一面に白い雷が走り、アルバは小さく飛び上がる。「痛ってえ畜生思わず壁殴っちまった」と丁寧語を取っ払った彼がぼやくように、アルバと彼の間には巨大な壁が聳え立っているのだった。天も地もないただ白い空間をそれでもあちらとこちらに分断するそれは、果てしなく高く、そしてアルバを囲みこむように築かれている。自然の温もりも人の手の痕跡も伝えない灰色の表面には一切の継ぎ目が存在せず、材質を推し量ることすら困難だった。光のない世界で影を持たない壁に阻まれて、アルバは全てと隔てられていた。

「えっと、大丈夫?」

「大丈夫じゃないです。滅茶苦茶痛いです。こっち来て治療してください」

「こっちってどっちだよ。あと壁あるから無理」

「登れ」

「触るとどうなるか身を以て体験したくせにその言い草!?」

「生涯で7回雷に打たれても生きてた人いるらしいですし何とかなりますって」

「人類の限界に挑戦させないでよ!」

 青年はやたらとアルバに突っかかってきた。どんな恨みを買ってしまったんだろうか、とアルバは内心少しだけ落ち込む。けれど、魔王さん魔王さんと呼びかけてくる声は妙に嬉しそうだった。

「それじゃあ魔王さん、こっち来いっていうのは勘弁してあげます。代わりにここから出ましょう」

「ここ、って、次元の狭間からってこと?」

「輪廻から解脱しろっつってるように聞こえました?」

「悪意ある曲解しないで!」

「分かってるなら早くしてください」

「いや、それは無理かな」

 一瞬の沈黙。その後に続く、なんで、という傷ついたような声。

「だってボクには封印魔法が掛かってるんだよ?壁も壊せなければ転移も出来ない」

「……出来る出来ないは置いといて、出たいとは思わないんですか」

「どうだろうなあ」

「こんな何もないところにいたらあなたの豆腐みたいな精神がぐっちゃぐちゃになっちゃいますよ」

「お前はボクの何を知っててそういうこと言うの?……でもまあ、確かに独りでここにいるっていうのはきつそうだよね。こうやって話しかけてくれる人だってずっといる訳じゃないだろうし」

 辛い、とか寂しい、とかいうのはアルバにはよく分からなかった。何せ今目が覚めたばかりなのだ。この場所と同じくまっさらな胸の内には未だ喜びも悲しみも育っておらず、アルバはなにもかも想像するしかない。

 それなら、と声が告げる。

「ずっといてあげましょうか。オレが死ぬまで、ずっと」

 姿の見えない青年は何故か縋るようにそう言った。

「……駄目だよ。お前が誰かは知らないけど、こんなところにいちゃいけない」

 青年の声は酷く苦しそうに聞こえた。助けてやりたいと思ったけれど、アルバはここから動くことが出来ない。ならば助けてくれるだれかのいる世界に帰してやらなくてはいけないだろう。人間は人間のところで生きるべきだ。

 そういう思いを込めて言ったら彼はまた黙ってしまった。怒らせてしまったのだろうか。傷つけてしまったのだろうか。何もなかったアルバの心に湿ったものがひとつじわりじわりと浮き上がる。悲しみというものを思い出した瞬間だった。

「ずっといるっていうのは駄目だけど、」

 どんな顔をしているのかも分からない、けれど壁の向こうにひとり佇んでいることだけは確実な青年に、アルバは祈るような気持ちで話しかける。

「たまに来てくれるくらいだったら嬉しいな」

「……本当に?」

「本当に」

 返事はすぐに返ってきた。その声に嚇怒や苦痛の響きが無かったことに、内心で安堵を覚える。もう少しだけ欲を言うならば、彼に笑っていて欲しいと思った。――何故だかはわからないけれど。

「本当に来ますよ。あなたがいいって言ったんだ、後悔しないでくださいね」

「大袈裟だなあ。後悔なんてしないよ」

 ところで、とアルバは尋ねた。

「お前、名前は何ていうの」

 

*

 

 彼はそれから何度も何度も現れた。眠りに揺蕩う意識を魔法で縛り、アルバのためだけに世界をも超えて。アルバの感覚では数年間のお話だったけれど、人の世界でどれほどの永い時が過ぎたのかはよく分からない。青年はやがて来なくなった。代わりに少年が、老人が、少女が、そしてまた別の青年が、目まぐるしく声色を変えながら、それでもたった一人の「彼」としてアルバに会いに訪れた。

 

 ――ロスと呼んでください。

 

 そう告げた彼だけが、灰色の壁に隔てられて立っていた。

 

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