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ぽつり、ぽつりと天の彼方から滴が落ちる。昇ったばかりの太陽はすぐに鈍色をした雲に覆い隠され、朝の空気は重い湿り気に塗り込められてしまった。鳥が鳴く声もどこか遠く、勢いに欠けていた。
木陰に座り込んだまま、クレアシオンは昨日の晩の出来事を思い出していた。悪夢のバリエーションかと思いきや、目を覚ましてもクレーターは消えていなかった。残念ながらあの謎の現象と謎の人物は現実のものだったらしい。とにかくあの化け物から逃れたいという一心で特に場所を指定せずにテレポートさせてしまったが、どこまで飛んだのだろう。しばらく会わなくていいくらい遠ければいい、とクレアシオンは思った。出来れば一生再会したくなかった。
「何考え込んでんの?」
「季節的に先走り過ぎた怪奇現象について」
答えてから、声のした方を見た。
昨日の青年がクレアシオンを覗き込んでいた。
「うおおおおおおお!?」
「っひいいいいいい!!」
クレアシオンは思わず鎌鼬をぶっぱなした。が、紙一重で避けられてしまう。勇者は思わず叫んだ。
「何してんだお前!ふざけんな殺す気か!」
「完全に僕の台詞だろそれ!?下級魔法とはいえ当たったら脛ざっくりだわ!」
癖のある茶色の髪、涙を浮かべた赤と黒の瞳。昨夜と同じく橙色の上着を羽織っていた。表情にはどこか幼さが残るが、恐らくはクレアシオンよりも年上だろう。彼は相変わらずルキメデスの魔力の気配を纏っていたものの、封魔呪文が奏功したのか昨晩よりもかなり控えめなものだった。
一夜で戻ってくるとはかなり近くに飛ばしてしまったらしい。クレアシオンは目の前の青年を睨みつけた。
「お前、何が目的だ。なんで俺の前に現れた」
刺客、だろうか。クレアシオンは剣の柄に手をかけたが、指先まで小刻みに震えているのを自分でも感じていた。目の前のいきものは人間ではないかもしれないが、ひとのかたちをしていた。斬りつければ血が出て、理解できる言葉で呪詛を吐き、泣きながら死ぬのだ。背筋を冷たいものが走る。吐き気の予兆のようなものが彼の胃の中で蟠り始めた。
向けられた眼光に少々怯んだ様子を見せ、それでも青年は口を開いた。彼は曖昧な笑みを浮かべていた。
「目的……っていうか、うん、」
青年はクレアシオンに一歩歩み寄った。後ずさりするのも癪だと感じ、勇者は睨みつける目を強くした。
「僕はお前と友達になりに来たんだ」
「……は?」
青年は間の抜けた笑みを深めた。クレアシオンはまるで意味が分からなかった。
*
青年はフォックスと名乗った。魔族なのかと問われれば違うと言い、人なのかと問われればあーだかうーだかという適当な母音を返した。剣を向けられると怯えた顔で距離を取った。それでも彼はクレアシオンから離れようとはしなかった。理由を尋ねると「僕はお前の友達だから」と意味の分からないことを繰り返した。狐の名前を持つ青年は意外とすばしっこく、クレアシオンがもう一度転移呪文を紡ごうとしたら音もなく近づいて口を塞いでしまった。彼の掌はぬるく、少し土の匂いがした。そうしているうちに空を覆う雲は色を濃くし、分厚くなり、雨の滴も大きさと勢いを増した。フォックスはクレアシオンの隣に腰を下ろしたが、クレアシオンはそれに一瞥投げかけるだけだった。立ち去れだの来るなだのと喚きたてられるほどの気力がなかった。遠い山並みがぼやけて見えるのは雨粒のせいなのか視神経に限界が来ているのか分からなかった。そのとき、ぼんやりと座り込む少年の視界に影が差した。フォックスがクレアシオンを覗き込んでいた。
「顔色物凄く悪いよ。ご飯食べてるの?」
「……お前には関係ないだろ」
「食べてないんだね」
フォックスは溜息を吐いた。彼の少し上向いた、柔らかな曲線を描く目尻が、痛ましいものでも見るように歪められた。彼は「どうして」と問うた。クレアシオンは逆に聞き返してやりたいくらいだった。お前はどうしてこれほど自分にちょっかいをかけるのかと。
「どうして」
気遣うような口調で、フォックスはもう一度問いかけた。その視線に耐えられず、クレアシオンは顔をそむけた。
叩きつけるような色合いを帯び始めた雨音が耳に痛かった。フォックスは黙ってクレアシオンを見ていた。