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「卒業試験」が終わり晴れて自由の身となったにも関わらず、アルバは洞窟に住まい続けていた。そんなに鉄格子がお好きですかと皮肉る家庭教師に曖昧な笑みを向けてぶん殴られつつも頑として牢を出ようとせず、今日も今日とて引き籠っている。こんなにお天気がいいって言うのに。荷物を引きずりながら、ルキは溜息を吐いた。
「アルバさんおはよー、頼まれてたもの持ってきたよ」
「ありがとうルキ!ごめんね手間かけさせちゃって」
「まったくだよー。こうやって暗い中に閉じこもり人との接触を回避することで尊大な羞恥心と臆病な自尊心を守り抜こうと必死になっちゃって自ら恃むところ厚すぎだよ!この隴西の李徴!」
「もうちょっと平易に罵って貰っていいかな!?」
「アルバさんのばーか」
「ごめんなさい……」
「勇者するんじゃなかったの?ロスさんもずっと心配してるんだからね」
「まあ、今も勇者してるっちゃしてるんだけど」
歯切れの悪さを笑ってごまかしたアルバは、ルキから荷物を受け取った。ずっしり重い唐草模様の風呂敷包みを開くと、透明な玉がごろごろと三つ転がり出た。魔力の充満した鉱山の深層でしか採れないという水晶には小さな瑕ひとつ見当たらない。澄み切った宝玉にアルバがちいさく歓声を上げると、ルキは誇らしげに胸を張った。
「貴重品なんだから今度は大事に使ってね。三か月で水晶玉ふたつも駄目にするなんてアルバさんてばほんとに何してるの?」
うーん、と唸りながら、アルバは上着のポケットから光るものを取り出す。魔界の銀貨。ちょうどジュースが飲みたかったルキは、お駄賃だよと差し出されたそれを素直に受け取った。ありがとうアルバさん、それで?微笑みながら続きを促すと、誤魔化しきれなかった勇者は頬を搔いて、それから呟いた。
「コインいっこいれてるんだよ」
「え?」
「借金の返済。そしてコンティニュー」
要領を得ない答えにルキが首を傾げていると、アルバは目を瞑って静かな声で語りはじめた。
「カテキョが終わる直前あたりから夢を見始めたんだ。ルキと二人旅を始めたばかりのころの夢。ボクは足を滑らせて崖から落ちて、なんか色々ぐっしゃぐしゃのべきんべきんで汚い水たまりになってた。ああこんなこともあったなーって見てたんだけどいつまで経っても生き返らなくて、おかしいおかしいと思ってるうちに目が覚めちゃって」
ルキは唇をへの字に曲げて聞いていた。少女はアルバの自分を大事にしないやり方が大嫌いだった。回復するからって死んでもいいとか意味わかんない!何度も何度も口酸っぱくやめてと言って、その時は了解してくれるくせにいざとなったらすぐに反故にされてというどうしようもないいたちごっこを一年以上も続けていれば流石に嫌気も差してくる。洞窟の中で狭苦しいながらも安穏とした生活を続けていれば嫌な感じにズレた脳味噌も治るかと思っていたけれど、この話しぶりを聞くにどうやら効果はなかったらしい。ルキの無言の抗議をいつも通り受け流し、アルバは続けた。
「次の日も、その次の日も同じ夢を見た。どうして生き返らないんだろう、これじゃお話が続かないのになあって考えて、ある時突然ピンと来たんだよ。待ってても駄目だ。ボクがやらなくちゃいけないんだ、って」
「アルバさんが、やる……?」
「生き返らせるってこと。ボクが、ボクを」
事も無げな口調に、ルキはしばし呆気にとられた。生き返らせるなどという仰々しい文言が、洗濯をするとか戸締りを確認するとかそういうものと同じ軽さで投げかけられる。まるで日常の一部であるかのように。
「……そ、れで、魔法は使ったの」
「うん。あ、でも流石に夢の中でやるとかそんな危ないことはしてないからね!」
「当たり前だよ!」
机の上の水晶玉は真っ二つに割れている。一級の術具すら耐え切れないほどの膨大な負荷を伴うような魔術。ルキの解釈が正しいなら、アルバは時間軸の過去位置で時間遡行魔法を発動させるという馬鹿みたいな真似をしたことになる。それも、一度や二度ではなく。
「アルバさん、今までに何回魔法使った?」
「え?えーっと、50回くらいかな」
「……へー。そんなにいっぱい使ったのに、まだ続けるつもりなんだ」
「だって自分で自分に前借りしちゃったわけだしね。ロスが助けてくれてるもんだとばっかり思ってたけど、あいつに負担掛かってなかったみたいでほっとしたよ」
つくづく嘘が下手なひとだった。ルキは重い溜息を吐く。
「42回」
「へ?」
「旅の最中、アルバさんが死んで生き返った回数。50回もやってるならとっくに借金返し終わってるよね?この水晶玉は何に使うの?」
「えっと、ルキ、わざわざ数えてたんだ……」
「もっと自分のことに関心持ってよ!内緒にしてたのとかも全部知ってるんだから」
「あははー」
ルキの詰問に気圧されて、アルバは視線を泳がせた。言葉を探して一瞬の逡巡。
「押し貸し、かなあ。見えちゃったんだから仕方ないよね」
少女の理解はまた置き去りにされてしまったが、勇者はそれに頓着した様子もなかった。彼は割れた水晶をボロ布に包み、あたらしい宝玉をビロードのクッションに乗せた。透明な固体の内側にはタテ軸もヨコ軸も異なる風景が映りこんでいるようだった。
血色のよいくちびるが言葉を紡ぐ。
「ねえルキ、生きてるって素晴らしいことだよ。そして一番大事なことだ。過程がどんなものであったとしても絶筆なんてするべきじゃないし、結末はハッピーエンドでなくちゃいけない」
それにね、と言ってアルバは幸せそうに微笑んだ。
「ボクは彼と出会いたいんだ」
夢見るような呟きの向けられた先。それをなんとなく汲み取ってしまったので、ルキはこれ以上の追及をやめることにした。この二人の関係に深入りすると碌なことがない。死なない程度に馬に蹴られればいいのに。
「あいつには内緒で頼むね」
「そんな面倒くさいことしないよ」
「はは、ありがと」
ルキはそこにある全てに背を向け、黙って洞窟を後にした。握りしめたコインはもう温くなっていた。
強くて格好よくて優しくて傲慢で最高に身勝手な勇者さまは、今日も今日とて彼をコンティニューし続ける。
死神の群れを撃ち殺し、安息の闇を灼きつくして、そして自分に繋がるルートまで辿りつかせるために。