101号室 あなたをコンティニュー2 忍者ブログ

101号室

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あなたをコンティニュー2

 

 二足歩行の巨大なけだものが前足を振り上げる。錆釘の色をした爪が光る。風を切る音。視覚と聴覚が正常に作動していても、クレアシオンの脚にはとうに限界が来ていた。疲れ切った青白い顔には絶望と諦念が浮かぶ。頽れた少年の頭に凶器が振り下ろされ、頭蓋とその中の柔らかなものがぐしゃりと潰れ飛び散った。ぬるい体液とともにいのちの全てが流出するには一瞬と掛からない。彼の冒険はここで終わった。

 はずだったのだが。

 何故か機能する網膜には消えゆく光の残滓があった。温もりが全身を包み、精神までも締め付けていたはずの鉛の如き重さが消えていく。事態を理解できないのは魔物も人間も同じだったが、先に我に返ったクレアシオンは咄嗟に剣を取り、目の前の敵を斬りつけた。滑らかに動く肩も鋭い踏み込みを受け止める脚部も先ほどまでと同じものとは思えなかった。巨大な熊のような魔物は一太刀の内に胴を両断され、どす黒い血液に塗れてこと切れる。クレアシオンはひとり呆然と立ち尽くしていた。

 今のは、何だ。彼は己の頭部におそるおそる手を伸ばす。髪の毛はいつも通りごわごわと砂っぽい。掌に濡れた感触はなく、当然血も骨片も脳漿も付着していなかった。それならばあの衝撃と痛みは幻覚だったとでも言うのだろうか?明らかに致命的だった一撃も、全てが急速に遠ざかり温度を失っていくあの感覚も。そんなはずがないと直感は叫ぶのに、クレアシオンの肉体は呼吸をしながら立っていた。

 いつだって世界は彼のこころを置き去りにして、少年は永遠に孤児となる。

 何一つ理解できなかった。

 

*

 

 次にそれが起きたのは毒花の魔物に腹を抉られたときだった。断裂どころではないほどぐちゃぐちゃになったはらわたを手で押しとどめようとしたが、哄笑するようにぱっくり開いた傷口は子どもの掌には大きすぎた。目から口から腹部からあらゆるものをだらだらと垂れ流しながら、体内を蝕み溶解させていく猛毒の激痛に吠え続けた。そのうち声帯を震わせる程の力もなくなって、舌が喉の奥に落ちていくのを他人事のように感じて、視界の内には瞼だか眼窩だかしか入らなくなって真っ暗になった。暗闇。充満している。バッドであってもエンドはエンドである以上、彼はここで完結する。何も成し遂げられないまま。端の方から消滅し始めた意識が何らかの感想を組み立てる前に、目も眩む輝きに撃ち貫かれた。

 クレアシオンはそれを知っていた。暖かさと黄金で全て奪い尽くしてから頼みもしないものを押し付けていく光。有無を言う間も与えられず、少年は優しい闇から引きずり戻された。

 ざらつく大地を頬に感じながら、勇者クレアシオンは目を開けた。案の定全て乾いていた。彼がのたうちながら撒き散らしたあらゆる苦痛の証は最初から何もなかったように拭き取られていて、無関心な風は音もなく吹き抜けた。心臓の脈動は続いていく。

 空っぽの目をした少年は、しばらくの間身じろぎもせずに倒れ伏していた。立ち上がって歩き出すまで鳥の鳴き声すら聞こえなかった。

 

*

 

 続く。

 続く。

 続く。

 続く。

 続く。

 続く。

 続く。

 続く。

 続く。

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 続く。

 続く。

 続く。

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 勇者クレアシオンの旅は続く。

 終わらない。

 終われない。

 

*

 

「シーたんお前どんな手品使ってんの?オートリザレクションは反則だと思うんだけど」

 いつも通りの人を馬鹿にした調子だったが、流石にルキメデスの口元も引き攣っている。縦に両断したはずの勇者が即座に蘇って斬り掛かって来るという状況はそれほどまでに異様だった。

「やられても復活するってのは聞いてたけどさあ、まさか全快とは思わなかったわ」

「……黙れ」

 うろつく影法師のような青年は、掠れる声で呟いた。

 クレアシオンとて自身の意思で蘇生しているわけではなかった。脳漿をぶちまけようがはらわたを撒き散らそうが首を刎ねられようが挽肉になろうが即座に時間が巻き戻り、さあ立ち向かえとばかりに放り出される。もう何度死のくらやみを垣間見ただろう?初めは恐怖しかなかったその場所に、永遠の静寂に、今や慕わしさすら感じるようになっていた。決して届かない平穏を舌の先で舐めながら何度も何度も蘇り続ける。悲鳴すら上げられないほどの苦痛にはその次が約束されている。渦を巻く悪夢は日に日に密度と腐敗臭を濃くし、ついに彼は眠ることそのものをやめた。この世こそが地獄で生きることは呪いだった。ひとりの彼は友を救わんとする勇者ともうやめてと泣き叫ぶ子どもに引き裂かれてしまって、取り残された幼子の方は死んで生き返るごとに錆びた包丁で以て肉を削がれていった。

 頭が痛い。治癒魔法では届かぬ奥の奥が磨り潰されるように針で突き刺されるようにじくりじくりと脈打ち、とうに限界を超えている精神を飽きることなく責め苛む。リンガリングデス。死のない男。血の味と土の味と吐瀉物の味と臓物の味。何を口にしても同じだった。視界は歪み、あるはずのないものどもが実体のない輪郭で闊歩し嗤いながら泣き叫び透ける手でねっとりと彼を撫ぜる。けたけたと耳障りな笑声が鼓膜を内側から揺らした。耐えられない。もう一刻の猶予すらなく瓦解してしまいそうだった。助けを求める?誰に。何を。クレアシオンは独りで、義務を負っていて、何も分からなかった。

 どれ程絶望的であったとしても英雄譚は絶筆を許されず、クレアシオンの戦いは決して終わらない。

 逃げられない。立ち向かっても戦えない。負けても終わらない。続く。続く。続く。いっそ狂ってしまいたかったけれど、それとてきっと一度死ねば正気に戻される。何がどうなってこうなったのかは見当もつかない。足を踏み入れた覚えもないこの迷路には恐らく出口がないのだろう。

 だから、立ち止まることにした。

 クレアシオンが呪言を舌に乗せると同時に周囲の大気がざわめき、散り散りに揺蕩っていた魔力が整然と意味を成しながら収束してゆく。詠唱を耳にし勇者の意図を察知した魔王は色を失くして雷撃による妨害を試みるも、先手を打って仕掛けて置いた魔法障壁に相殺されクレアシオンまで届かない。

 彼は擦り切れた幽鬼の貌で笑った。目的は半分だけ達成される。ルキメデスを封印し、諸共に生も死も侵しえないほどの深い眠りに落ちていく。取り戻せなかったクレアに詫び続けながらも、胸中には安堵がこみ上げていた。

 ――これでついにやっと、

 

 程なくして永眠魔法が発動し、死ねない勇者は千年の眠りについた。

 

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