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風の強い秋の日だった。広場の南側、丁度郵便局のあるあたりに木葉とゴミ箱と花壇の一部を飲み込んで渦を巻く竜巻が生まれ、びゅうびゅうと音を立てながら移動を続けている。アルバが茫然と眺めている間にもそれはどんどん大きさを増し、中心点近くの石畳を叩き割り周囲に並ぶ家並を抉り取って行く。子どもたちの歓声に聞こえたのは逃げ惑う人々の悲鳴だったらしい。胸元に勲章をたくさん輝かせた、恐らくは郵便局長と思われる壮年の男性が、裏口の方から懸命に局員と客を脱出させていた。頑丈な筈の石壁は自然の猛威の前に為す術なく突き崩され、郵便窓口やら何やらが外界に向けてお披露目されていた。檻が壊れたようで、怯えた伝書鳩が十羽ほど飛び去った。
「え、嘘、何これ」
大変だ助けに行かなくてはとかそういう人道的な感情より先に、アルバの胸に湧き上がったのは「なんで」という純粋な疑問だった。なんでこんなことになっているのだろう。これでは手紙が出せないではないか。
手元にも部屋にもペンが無く、借りる相手もどこかに消えて、買いに出れば店が強盗に襲われ、足を向けた郵便局は竜巻に破壊されてしまった。何か超自然的な力でも働いているかのように、「解任願いを出す」というその一点だけが集中的に妨害され続けている。流石におかしい気がする、と思ったところで吹き飛ばされて来た煉瓦片が額にクリティカルヒットし、アルバは後ろにぶっ倒れた。背中から噴水に落っこちた。土埃の浮く水は非常に冷たくて、何度も巡るうち散水管の錆を削り取ってしまったのか、金属の味がして苦かった。もう起き上がる元気も無かった。
「呪われてるんじゃないの……」
「呪われてるんですよー」
聞き覚えのある声が鼓膜を振わせた。どうしてここに、と思う間もなく、赤い目の青年は覗き込む姿勢で近づいてきて、徐にアルバの顔へと手を伸ばす。白い指先が茶色の前髪に絡むのが視界の端に映り込んで、そのまま凄い力で斜め前方に引っぱられた。
「いだだだだだ抜けるやめて禿げるほんとにやめて!!」
「溺死秒読みのところを救ってあげたのに礼の一つも無しですか。そんなクソみたいな人格でよく今まで生きてこれましたね」
「お前が現れるまではこんな頻繁に死の危険は感じなかったよ!!」
びしょ濡れのズタボロで喚きたてるアルバに言葉を返すことなく、戦士は何かを差し出した。茶色くて四角いプラスチック。どこかで見たことある気もするが、咄嗟に名前が出てこない。
「セレクトでステータス表示です」
そんなことを言われても何をどうセレクトすればいいのか全然分からなかった。白い顔とコントローラーみたいな何かを見比べて途方に暮れていたら、呆れたような声が落ち、青年がアルバの右手を掴んだ。中途半端に伸ばされたままの人差し指を操縦され、中央に二つ並んだボタンのうち左の方をぎゅうと押し込まされてしまった。
ぴこん、と電子音。あんぐりと口を開け、アルバは半透明のステータス画面を見つめた。
「うっわ酷、他のステータス軒並みクソなのに運だけ凄まじく高いじゃないですか。勇者より遊び人とか向いてそう」
「なんでボク馬鹿にされてんの!?」
「勇者さんにとって『遊び人』は罵倒語なんですかぁ。職業差別はよくないですよ訴訟ですね」
「なんだよその誘導尋問!」
精神をがりがり削られ、そしてやっと気が付いた。能力値の下側、空きスペースの端っこに、何だか不吉な感じのマークが表示されているのだ。
「あの、戦士、このガイコツって一体……」
「言ったでしょう。呪われてるんだって」
途端に頭の中で例の音楽が鳴り出した。でれでれでれでれでっでれれん。呪われた装備品は外せず、マイナス効果を振り撒きながら体に食い込むようにしてしがみ付く。背筋を悪寒が全力疾走。
「ねえやめて何が呪われてんの!?剣?プレート?それとも勇者証!!?」
「うわー街中で脱ぎだした」
「ドン引きしてないで答えてぇ!どうせ犯人お前なんだろ!?」
「オレです」
「ほらな!!さっさと何呪ったのか教えてよずぶ濡れのまま寝たくないよボク!!」
「だから、オレですって。オレを呪いました」
「……は?」
戦士はまたアルバの手を取って、今度はカーソルを一つ下げさせる。「ロス」のステータスが表示されるが、彼にもガイコツはくっ付いていた。何故か、名前の後ろに。
アルバはまた訳が分からなくなった。なんでこいつが呪われてるんだろう。そんでもって、なんで位置が違うのか。シャナクで解けるといいんだけど。この街の牧師さんって魔法使えたっけ。
言うべき言葉が定まらず、仕方ないので一番先に浮かんできた感想を口にした。
「えっと、体調とか大丈夫」
ぶたれた。
平手とはいえ全力で頬を張られ、アルバはまた地に沈む。理不尽な仕打ちに抗議しようと顔を上げたら、今度は頭を踏まれた。たんこぶに当たらない絶妙な足の配置だったが、顔面を石畳に押し付けられているので痛いものは痛いし呼吸が苦しい。どうしてこの男はこうまで執拗に頭部を下げさせようとするのだろう何か見せたくないものでもあると言うのか。
「……呪いのアイテムは外せないものと決まってますからね。オレをパーティから外すのも無理です残念でしたー」
何故か微妙に上擦った声でそう告げられた。理解には、五秒ほどが必要だった。
「あの、うーんと、その、うん。ボクがお前のこと解任しようとしてるのに気付いてて、それを回避するために自分に呪いかけたみたいに聞こえたんだけど、気のせいだよね」
「すっげえ。架空の脳味噌も動くんですね」
「当たっちゃった!?何してんのお前馬鹿じゃないの!?」
「あっははははははは!」
堰を切ったように笑い続ける戦士によると、この街には腕のいい呪い師がいるそうで、今日はその人のところに出かけていたのだという。呪殺とか政敵失脚とか色々悪どい事してきたみたいですけど、流石にびっくりしてましたよ。青年の言葉に、アルバはただただ納得した。自分に装備解除不能の呪いを掛けてくれなんて頼む人間がそうそういるはずがない。いてたまるか。
「もしかして、筆記具が全く手に入らなかったり郵便局倒壊したりしたのって……」
「勿論呪いのせいです。勝手に解任なんてしようとするからそうなるんですよ」
そっと視線を上げて戦士の顔を盗み見ると、物凄く悪い表情をしていた。なんてこった。
本日この街で発生した悲しい事件は半分くらいアルバのせいで、もう半分はこの男のせいで、即ち100パーセントが45番勇者パーティの責任なのだった。バレたら多分社会的に死ぬ。
とりあえず荷物を纏めて逃げる準備をしなくてはと思い、立ち上がろうとして、失敗した。膝が崩れ、アルバはまた地面と仲良くすることになってしまったのだった。血を流し過ぎたか体力の限界か気力が尽きたか、そのあたりのどれかが原因だろう。限界だった。
「もうやだ……無理、ほんとに無理」
喉の奥から掠れた声が漏れた。その一言が百匹目のお猿さんになってしまい、流石にみっともないと思って押し込めていた泣き言がぼろぼろと零れ始める。なんでこんなことするの、ボクお前に何かした、気に入らないことがあるなら言ってよ、謝るしちゃんと直すから、そんなにボクが嫌いなの、ごめんなさいもう無理です。鼻の奥がつんと痛んだが、恐らく今度は鼻血ではなかった。もっとよくないものだ。
地べたを這ったまま涙声を垂れ流しているという自分の状況が情けなくて、アルバはまた泣けてきた。何をどこで間違ってしまったんだろう。多分この戦士は本質的には悪い奴じゃなくて、とても性格が歪んでいるけれど何でもできるし頭が良くてかっこいい人だ。そんな人間にこうまで嫌われて甚振られるというのは、きっとアルバの方にも原因があるに違いない。だが、それが分からない。距離を置こうとしても、それすら許してくれないのだと言う。
どうすればいいのか、どうすれば嫌がらせを受けずに済むのか、どうすれば彼に好いてもらえるのか。何一つ見当が付かなかった。頭がぐちゃぐちゃになったまま、少年は小さくしゃくり上げた。
溜息が聞こえた。また手が伸びてきて、今度は腕を引かれる。そして、有無を言わせず背に負われた。
普段は大剣の納まっているスペースにアルバの身体が代入され、鋼の胸当て二つがぶつかり硬い音が鳴る。重いんですけど痩せてくださいと悪態を零すくせに放り出すこともせず、男はそのまま歩を進め始めた。事態を把握できなくて、え、どうしたの、と問えば、低い声で宿に戻る旨を告げられた。当然、聞きたいのはそんなことではないのに。
「別に、ひとりで歩けるから……下ろしてよ。装備だけでも結構重量あるはずだし」
「また倒れたら面倒くさいじゃないですか。それに、愚図が愚図なりに頑張ったみたいなのでとりあえずご褒美あげとこうかと」
「え?」
「強盗。二人とも、ちゃんと憲兵に連行されていきましたから」
なんで知っているのか不思議だったが、口には出さなかった。戦士はそういう人間なので。どこから見ているやら、アルバのことを何でもかんでも知っている。「お疲れ様でした」ととても小さな声で付け加えられて初めて、自分がどうやら褒められていて、彼なりにこちらを労っているらしいということが分かった。
どうしようもないなあ。心の中で、アルバは呟く。分かりにくいし暴力的だし酷いし怖いし本当にどうしようもない男だ。しがみ付いた首筋が温かいとか、その程度のことで今までの仕打ちを全部流してしまいそうになっている自分も、きっとどうしようもない。
間近にある黒い髪に鼻先を埋めたら、彼のにおいがした。色々と無理で限界だったはずなのだけれど、気付いたら何もかもなあなあになってしまっていた。
日が傾き、夕飯時が近づいていた。珍しく食べたいものを聞かれたので、宿の隣の食堂に行こうと言った。多分あそこなら、戦士の好きなあんみつを置いている。
「呪われちゃったなら仕方ないよなあ」
ぽつりと言うと、青年が長い息を吐いたのが伝わった。
「あなたが泣こうと喚こうと、何もかも終わるまでは付き合うことになりますので。末永くよろしくお願いしますねゴミ山さん」
「ゴミ山背負ってるお前は何なの……ていうかほんと、恥ずかしいから下ろして」
「あなたを辱められる機会をオレが逃すとでも」
「お前も一緒に笑いものになるんだってば!」
「あははー。ちなみに、呪いの影響でオレもあなたも10秒毎に最大HPの3パーセントダメージを受けています」
「……はぁ!?」
「宿に着く前に戦闘不能になったら後ろに倒れるんで頑張ってくださいね!」
「やめてぇマジで下ろして!!」
スキップでも始めそうな程の楽しげな声音で告げられ、とりあえずは泣き叫んではみたものの実のところアルバはそんなに怒っていなかった。よろしくお願いしますだなんて言われたからには、多分きっと恐らくは、嫌われているわけでは無いのだろう。それならもうそれで良かった。
これから先も末永く甚振られ続けることになっていて、その為に彼はアルバのギリギリの一線を見出そうとして、つまりはアルバのことをじっと見ているに違いない。どうしようもないなあ、といっそ笑いそうになった。
「自分の身を削ってまでボクに呪い掛けるとか、お前も大概だよね」
元の暗色を忘れてしまったかのように、石畳は一面の橙に染められていく。
オレは元々呪われてるようなもんですから、という返事の意味は、その時のアルバには分からなかった。