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なんか痛くて熱くて苦しくて悲しい感じのカテキョタイムを終えたアルバは半分くらい死んでいた。魔力制御の道は辛く険しい。主に教師の人格的な問題のために。焼け焦げ袖を失った囚人服を憐れんでくれるのは突っ伏す床の冷たさくらいのものだった。
かつり、と無慈悲な靴音が響き、それじゃあまた来月、と告げられる。鬼畜教師はこちらに背を向け牢を出ようとしていた。このまま見送ってしまいたい気持ちでいっぱいだったが、そういえば伝えていないことがあった。アルバはおずおずと口を開く。
「ねえシオン」
「なんですかコウガイビルみてえなツラしくさってからに」
「結婚しました」
「は? 誰が」
「ボクが」
「……誰と」
「ロスと」
即座に蹴られた。シオンが虹色に光って竜巻の如く一回転して後ろに翼が見えたと思った瞬間にアルバの腹に凄まじい衝撃が叩き込まれ、風を切る音を聞きながら鉄格子をぶち破ってその向こうの岩壁に巨大なクレーターをぶち明けてしまった。轟音と粉塵。反作用を受けたアルバは勿論虫の息だった。
「し、しぬ……なにこれ……」
「トルネードアロースカイウイングシュートです」
最近球技に凝ってるんですよーと家庭教師は笑ったが試合の度にこんな超必殺技を決めていたらゴールポストがトイレットペーパー並みの消耗品になるだろう。
「ていうかそれ人に向かって打っちゃいけないやつだと思うんだけど」
「友達はボールですんで」
「逆だからね!?」
「逆さに入ってるのはあなたの脳味噌じゃないんですか?何意味不明なことほざいてるんですさっさと説明して土下座しろ」
「せ、説明も何もそのまんまなんだけど」
「……魔界の法では認められてなかったと思うんですが」
「ルキにダッツ貢いだらあっさり新法作ってくれた」
「買収かよ」
「最近官僚提出法案ばかりだったから議会も活気づいたって言ってたよ」
「腐ってやがる……」
シオンがよろめいた、ふりをして半死半生で落ちているアルバを全力で踏みにじった。潰れた蛙もびっくりの酷い声が出た。
「というか、そもそも同意した覚えないんですけど。無効じゃないんですかその婚姻」
「同意が取れる類の事柄じゃないからって要件にされてなかったと思う」
「無許諾前提かよ何考えてんだふざけてんのか畜生」
「やめて痛い高速で踵落とし決めないで背骨砕けて無脊椎動物になる!」
「なればいいじゃないですか飼ってあげますよエサやって日光浴させてたまにぶった切って脳だらけ細胞の脅威を目の当たりにしたいんですオレ」
「プラナリアじゃないから!完全に虐待だよそれ!」
「ドメスティックバイオレンスってやつですね!初めての共同作業に胸の高鳴りが抑えきれませんよ」
「ぐっふぅあのとりあえず足止めてお願い、なんかお星さま見えてきたから」
「月が綺麗ですね」
「死にたくはないかな!」
やっと解放された勇者は完全にボロ雑巾だった。ひっでえ。泣きそう。もぞもぞと這いずりながら動く部位と動かない部位と動いてはいけないはずなのに動いてしまう部位を確認していたら、目の前に影が落ちてきた。
「え、あのシオンさん……?」
「動かないでください目障りなんで。頭蓋にヘリウム詰まってるクソ馬鹿よりは今のオレの方がまだマシでしょう」
差し出されたしろい掌に仄かな輝きが集まって、触れたところからじんわりと広がる温もりが痛みを消し去り腫れを退かせていく。回復魔法。自分でボコボコにしておいて死にそうになったら治療してくれるあたり優しい男なのだろうなあと思った。面倒くさいのに変わりは無かったが。
「あの、ありがと」
「……何でですか」
「へ?」
「理由を言えっつってんですよ。何で結婚なんて」
「えっと……」
流石に恥ずかしい。アルバが口ごもりながら身じろいでいる間も、シオンは視線をそらすことなくじっとこちらの目を覗き込んでくる。人形じみた端正な貌は怒りのせいか常よりも血色がよく、眉間には深い皺が刻まれている。その中で、赤い瞳は音もなくひたすらに燃え続けていた。これはもう観念するしかないな、と思った。
「……好きだったから、かな」
頭頂部に重い衝撃が走り、アルバは撃沈した。起き上がれずにいるうちに、逃げ出すような調子の足音は遠ざかっていく。遠くから――恐らくは洞窟の入り口のあたりから、震える声で一言だけ聞こえた。
「大事にしてくれなきゃ許しませんから」
後には風の音だけが響いていた。
アルバは苦笑しながら頬を描いた。大事にしない訳がないじゃないか。他人事ながら、彼も幸せになってくれればいいと思った。何一つ縛るもののない旅の最中には、きっと胸がときめくような出会いもあるのだろう。シオンが誰かと結婚するまでにはこのジメジメした牢屋を卒業したかった。
そもそも、どうしてシオンはあんなに狼狽えてみせたのだろう、とアルバは首を傾げる。彼には何の迷惑も掛からないはずなのに。分からないので考えるのをやめた。
強くてかっこよくて意地が悪くて、どうしようもないほど優しかった彼を脳裏に思い描く。今はもういない戦士。魔王が死んでクレアシオンの物語はエンドロールを迎えた。シオンが蘇り、そしてアルバが好きだったロスは死んでしまった。
死後婚という言葉を出したときルキは何故か憐れむような表情を浮かべたが、何を言われたところであの寂しがり屋をひとりぼっちにするわけにはいかなかった。
結婚は人生の墓場らしい。
彼となら喜んで埋まってやろうと思えるほどに、アルバはロスが好きだった。