101号室 合議的意思決定制度の限界及びその崩壊についての簡潔な報告 忍者ブログ

101号室

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合議的意思決定制度の限界及びその崩壊についての簡潔な報告

 

  独断っていうのは非常によろしくないものだ。

 だって一人で決めたら間違ってしまうじゃないか。

 

*

 

 世界に穴が開いてからこっち、魔力の影響なのか何なのか人間界は天候不順に悩まされ続けている。温帯で何週間も日照りが続き突然竜巻が発生し、あとは空からゴリラが降り注いだり。異常にもう一個異常を重ねて頭がおかしい。だってゴリラ豪雨。

 お陰様で家畜は死にゴリラが繁殖し作物は枯れ、つまり薬草の値段は見る度に上がっていた。魔物のせいで需要の方も増えているというのだから頭痛は止まらない。

 アルバは財布を開く。値札を眺める。もう一回財布の中を覗く。どうしようかなあ、とと小さな声で呟いた。回復アイテムの残量は不安だが、所持金の方も控えめに表現したって心細い。再出発して早ふた月、ルキと二人では宿の手配も儘ならなかった。

 乾いた草の束とおどろおどろしい瓶詰めに囲まれて、店主らしき老婆がアルバに冷ややかな目を向けていた。早く決めろと言うことらしい。ひとつ溜息を吐き、それから目を閉じる。

 

*

 

 会議室の机は円い。これは別に平等の理念の具象とかそういう大それたものではなくて、単にアルバが古い英雄譚に影響を受けたためだった。実際のところ、円卓に着いていたって12人の発言力には確固とした差が付いている。

「おい、早くしねえか!日が暮れちまう」

「あんたいっつも遅いのよ。あたしたちがどれだけ待ったと思ってるの。前の人の時は良かったのに」

 脅しつける髭の男はメジハの街の鍛冶屋で、対照的に甲高い声を上げるのは故郷のガミガミおばさんだった。アルバは適当に謝罪してから空っぽの席に腰を下ろした。会議が始まる。

「議題は『ここで薬草を買うべきか否か』でいいのかね?」

 眼鏡の老人が言った。頷くが早いか鍛冶屋が声を上げた。

「俺は反対だな。んなもん無くたって何とかなんだろ」

「折れた腕が根性でくっつくかしら?」

「そりゃ薬草あってもどうしようもねえだろうが!相変わらず屁理屈こねくり回しやがって」

「理屈も並べられない脳筋男よりましでしょうよ」

「なんだと!?」

「まあまあ」

 割って入ったのは青白い顔をしたのっぽの青年だった。

「お金は足りない、でも薬草は欲しい。それならクエストを受けてお金を貯めればいいじゃないですか」

「名案みたいに言ってるけどそのクエストで薬草使うんじゃないのー?」

 そばかすだらけの少女の言葉に、青年はうっと言葉を詰まらせた。

「じゃあ、そうです薬草を使わないような難度の低いものを受ければ。スライム退治とか」

「この辺にスライムいないでしょうが。湖沼地帯のモンスターはみんなレベル高いよ」

「ぐっ……」

「いっそ徴発すりゃええんじゃ。そのための勇者証じゃろ」

「違いますよぉ!勇者がそんなことしちゃいけないんです、勇者ってもっと素敵で……」

「夢見過ぎだぜ嬢ちゃん。人間なら汚ねえことの一つや二つ」

「ちょっと話逸らさないでよ!」

「うっせえババア!」

 鍛冶屋がおばさんの襟首を掴みおばさんが鍛冶屋を口汚く罵り数人が慌てて止めに入り、残りは居心地悪そうに俯いたまま。なんとも酷い有様の合議体をアルバは黙って眺めていた。ふた月程度では座り慣れない椅子が、安っぽくきいと音を立てた。

 物心ついたころからアルバの中には会議室があった。まあるい机に並ぶ椅子は時折増えたり減ったりしたが、ある時期からは12個で落ち着きを見せている。窓の無い部屋は風通しが悪くむさ苦しいし、観葉植物の一つもない。あまり頻繁に訪れたくは無かったが、決まりなのだから仕方なかった。

 何か決断をしようとする度、アルバはここの扉を叩くことになっていた。おねしょの言い訳。今日は外に遊びに行くか家で本を読んでいるか。お使いのお釣りを何に使うか。城からの誘いに頷くか否か。代議員さまは会ったことのある誰かのうちから勝手に選ばれ適宜入れ替わったりもしたが、意思決定の公正を期すという観点からアルバが選任されることは無かった。というか、この会議室こそアルバの意思そのものなのだから、その中に自分が参加するというのはそもそも何かおかしい気がする。アルバの中にアルバは存在しなかった。ほんの少し前までは。目の前に置かれた「代理」の札は、真新しい紙で出来ている。

 何故会議が開かれるか。ひとりでは間違ってしまうからだ。ひとりよりは2人の方が、2人よりは3人、3人よりは12人で話し合った方がよりよい答えが出るのだろう。みんなアルバの知らないことを知っていて、アルバより多くものを考えていて、きっとアルバよりずっと正しい。それに、失敗したときだってひとりきりで責任を負わずに済む。自分で自分を決めずともよかった。今までならばそれでうまく行っていた。こんなどん詰まりに至ることなく。

 鈍い音が二つ続いた。あの内臓の弱そうな青年が鍛冶屋に殴られて壁に激突したのだった。今日も今日とて荒れてるなあ、とアルバはこちらでも溜息を吐く。まとめ役が欠けただけで何て有様だろう。

 議題そのものであるところのアルバの席は、もともとは黒髪赤目の青年のものだった。彼が睨みを利かせるだけでおしゃべり好きな少年少女すら唇を引き結び、荒くれ者も居住まいを正した。そいつは殆どの場合に於いてたった一言しか喋らない。「ロスに任せましょう」。それだけで会議は終結した。

 けれど、現実の方のロスの失踪に伴い、彼には無期限の謹慎処分が申し渡された。ロスには嘘と秘密が多すぎて、アルバの中に住まわせるのが困難になってしまったため。人数合わせの代理を探しても適当な人材が見つからず、結局ご本人様にお鉢が回ったと言うわけだ。

「もうやだぁ」

 二つ結びの少女が泣き始めた。子供用の高い椅子ががたがた鳴った。

「戦士さんがいた頃はこんなことなかったのに」

 その声に、あわや取っ組み合いの大喧嘩にまで発展しかけていた大人たちが動きを止めた。彼らは顔を見合わせて、それから口々に呟き始めた。

「そうだ」

「そうよ、あの人がいれば」

「どこにいったんだろう」

「無責任な野郎だよ」

「早く戻って来てくれればいいのになあ」

「どうしていなくなっちゃったの」

「いっそ呼び戻してしまえばいいのでは」

「彼がいた頃はこんなことなかったのに」

「戦士さんは」

「戦士さん」

「戦士が」

「戦士なら」

「戦士が」

「戦士なら」

「戦士」

「戦士」

「戦士」

「戦士」

「戦士」

 せんし。
 頷きあう人々を見て、アルバはあまり馴染みのない部分がカッと熱くなるのを感じた。頭の中から何かが切れてしまうような、一方で繋がるような不思議な音が聞こえてきて、気付いた時には椅子を蹴って立ち上がっていた。

「もういいよ」

 口が勝手に動き、乾き切った声を出していた。これはまずいのでは、と思ったけれど、止めることは出来なかった。多分止める気もあんまりなかった。

「会議はしばらく開催しない。全部ボク一人で決める」

 11人が呆気にとられた顔で固まる中、アルバは彼らに背を向けた。そのまま歩き出し、すぐそこにある会議室の扉に手を掛ける。分厚くて重いドアだった。閉じたら二度と開かないかもと思わせるような。

 一番早く我に返ったのはやはりというかなんというか、あのガミガミおばさんだった。彼女はほとんど叫ぶような金切り声で捲し立てた。

「それって独裁じゃないの!そんなこと許されるとでも思ってるわけ!?」

 取っ手を握って力を込める。油の足りない蝶番が軋んだ。少しずつ太くなっていく隙間からは外の明かりが漏れだしている。右足を踏み出すと、体が軽くなった気がした。

 許されるとか許されないとかそういう問題じゃない。やるべきことがあるのだから手段を選んではいられないと、ただそれだけだ。合議制の難点は意思決定に時間が掛かること。それから衆愚に陥りうること。

「いいのか、一人で決めたら間違うぞ。失敗したらどうするつもりだ」

 低く唸るような声が聞こえた。多分鍛冶屋だ。アルバは振り返りもしなかった。

 扉が閉まる音。

 赤い尻尾がはためいた。

 

*

 

「……お客さん?結局買うの買わないの」

 しゃがれた声が聞こえて、アルバは慌てて瞼を開けた。苦笑しながら謝罪すると魔女みたいな店主は鼻を鳴らし、何を取ろうとしているのか古びた棚に手を伸ばしながらぴょんぴょんと飛び跳ねはじめた。一番上に詰められている茶色い干し草だろうか。三回目かそこらのジャンプで着地に失敗したらしく、骨ばった体躯がぐらりと後ろに傾ぐ。考える間もなく反射的に飛び出し、彼女が尻もちをつくより先に落下点へと滑り込んだ。

「あでで……大丈夫ですか」

 老婆は怪訝そうに瞬きをして、それから小さく礼を言った。立ち上がる際の足の動きに違和感は無く、怪我をしていないらしいことが分かった。

「そうだあの、薬草なんですけど、買います」

「どうも。ひとつ50、」

「えーっと5つください。あと毒消し草も2つ買うので、1割くらい安くしてもらえませんか」

 お願いしますと両手を合わせて頼み込んでみたら、魔女は割合あっさりと値引きしてくれた。

 

*

 

 湖沼地帯を根城とする魔物は確かに皆レベルが高く、しかもハンター泣かせの特性持ちが揃っていた。例えば目の前のゴリラ。一発命中したが最後肋骨どころか内臓までアウトくらいのSTR極振りステータスのくせして森の哲学者のあだ名は伊達ではなく、合間合間に人生の深淵について問いかけてこちらの精神をちくちく刺してくる。何故人は自殺するのかじゃねえよ。知らないよそんなん。

 風を切る音と共に重い重いパンチが迫る。引き付けてから右に跳ぶ。躱せた!体重をかけた拳が柔らかい地盤にめり込んで敵の動きが止まった。アルバは強く踏み切って、毛むくじゃらのうなじを力いっぱい斬りつけた。ゴリラが絶叫を上げる。巨大な体がふらつき、崩れ落ちるより先に眩い光に包み込まれた。ギルドから貸し出された鈴がちりんと鳴って討伐依頼の完了を告げた。汗を拭う。

「やったー……ボクだってやればできるんだよ、」

「――アルバさん危ない!」

 ルキの叫びに続いて左の脹脛に激痛が走った。振り向くと、紫色の小ぶりな蛇ががっぷりと食らい付いていた。確かこいつ猛毒持ちだ。アルバの背を冷や汗が滑る。震える手を叱咤して剣を突き刺し何とか魔物を送還した。脈拍の度、傷口から焼けるような熱を感じる。どうしよう。どうしよう。視界が暗くなりアルバの目前に扉が現れる。見知った会議室の大きな扉は飴色に光っている。その錆びたノブに触れかけて、やめた。

 目を擦る。現実を見る。吸い出すのは無理だから噛まれたところからは適当に血を抜いて、鞄から取り出した灰色の草を口に突っ込む。味覚の最終処分場やー!と叫びだしたくなるくらいにはまずい。とてもまずい。思わず冷静になるほどまずい。懸命に努力して半分はそのまま飲みこんだ。残りは吐き出して傷口に貼りテーピングをして密閉。本当は煮出して煎じ薬と湿布にしなくちゃいけないはずなのだが四の五の言ってる暇がない。ちょっと楽になった、気がするから良しとしよう。持っててよかった毒消し草、次からは早めに加工する。

「あるばさ、ねえ、大丈夫」

「応急処置はしたから。多分何とかなる」

「そうだゲート、ゲート使う!?」

 アルバは静かに首を横に振った。街からの距離を考えるとアバラにヒビでは済まないだろう。入院は避けたかった。

 空を仰ぐ。太陽はまだ中天を過ぎたばかりだ。

「この時間なら多分荷馬車なり駅馬車なりいっぱい走ってるから、お願いして乗せて貰おう。あの町の牧師さん解毒呪文使えたはずだから焦らなくて大丈夫」

 だから街道に出るまではゲートで守ってくれよ、と笑ったら、少女は涙目で頷いた。

 

*

 

 心拍数の上がらないぎりぎりの早足で石畳の道を目指す。歩幅が大分違うというのに、ルキは文句も言わないでアルバの前を駆けている。本当に守ってくれるつもりらしい。頼もしいなあと眺めていると、不意にピンクの頭が振り向いた。

「アルバさん、変わったよね」

「そう?」

「うん。何ていうのかな……ブレなくなった」

「あはは、惚れ直した?」

 茶化す言葉には答えず、ルキはぷいと前を向いてしまった。

 ブレなくなった。確かにそれはそうだろう、全部ひとりで決めているのだから。傷口がひりひり痛むのを感じていると、不意に鍛冶屋の言葉が蘇ってきた。間違ったらどうする。失敗したら。

 決まっている、成功するまでやり直せばいいのだ。彼に手が届くまで。そのためならば何だってするし何にだってなってやるつもりでいた。独裁者だって例外ではない。

 ふと、アルバは想像してみる。自分の中の戦士が帰還しあの会議室のドアがまた開いて、机から代理の札が消えるときのことを。合議体が秩序と安寧を取り戻したならどうなるか。恐らく、このアルバは消えてなくなるのだろう。悪い王様はいつだって最後は殺されて、勝鬨を上げるのは民衆だ。会議は恙無く進みこの肉体は綺麗に踊る。

 構わないと思った。やるべきことがあるのだ。絶対に成し遂げなければならないことが。

 手段も代償も後始末だって気にしている暇はない。ロスを助けられるのなら、アルバは何だってするし、何にだってなるつもりでいる。
 独裁者でも勇者でも赤い狐でも、魔王にだって。
 

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