101号室 レイクオブファイヤ 忍者ブログ

101号室

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レイクオブファイヤ

 

 何処に行くのだ何処にも行けない、此処で死ぬのか最早死ねない。肉体は立ち去り魂にも置き去られただ記憶の片隅に蟠るこの身は、身すら無きこの存在は一体何者だと云うのか。自分自身と定義するにはあまりに欠落が多く、亡霊と呼ぶには執着が足りない。クレアシオンは終り切っていて過ぎ去り過ぎ去られたものなのだから、続いているのが間違いなのだ。間違ったままそこにある。何も得られず何も救えず露聊かも救われず。炎の海に投げ込まれ煮詰めた孤独で肺腑を満たし、後悔と苦悶に苛まれながら暗闇の中でのたうっている。断裂していた。切断されており壊死していた。彼というものを食い破り寄生蜂の如くにぬらぬらと生まれ出でた何がしかは勝手に笑い勝手に赦され断りも無く全てを遣り遂げた。クレアシオンの至上の目途を存在意義を何一つ失わぬままに奪い去った。殺すべきで殺せなかった父親の魂諸共にクレアシオンを葬り去った。彼は褪せ逝く過去だった。忘らるるべき記憶であって軈ては消える悪夢だった。誰一人彼を顧みず唯の一人も悼まない。その名を刻む墓碑は無く供えられるべき花も無い。クレアシオンはたったひとりだった。完璧に完全に完膚無き迄にひとりだった。如何し様も無かった。何も持ってはいなかった。何もなかった。彼そのものすら彼のものではなかった。有限の時の一粒を微細な無限に分解し、飢餓の種子を食みながら果ての無い絶望に延長を置く。出口は無く、彼の消失と終点が恐らくは同義とされていた。何処に行くのだ何処にも行けない、此処で死ぬのか最早死ねない。何時だって飢えていて渇いていて欲しくて欲しくて吐きそうだった。何をと問う声すらも無い。答えは最初から持っていない。助けを呼ぶ方法も分からない。クレアシオンは何も知らない。只管に何時までも其処に居る。

 最初のうちはもう一人いた。半身を失い血と腸を垂れ流し微動だにしない哀れな子供が彼の後ろに転がっていた。けれど、何処からかやってきた茶髪の男が黙って連れて行ってしまった。そいつはクレアシオンを一瞥し、「さよなら」とだけ云った。そして二度とは現れなかった。何時のことかは分からない。この最果てには時が無く、だからこそ無限の時間があった。その中にあって彼はたったひとり蹲る。呪詛の紡ぎ方すら忘れたまま。

 ふと、光が見えた気がした。顔を上げる。目を刺すような輝きを割って、手が一本伸びてきた。自分の腕だと直ぐに分かった。何故今更と怒りのようなものが込み上げてきて、それから涙がぼとぼとと落ちた。掬われるのだと思った。この虚無の淵からやっと出られて今度こそきちんと死ねるのだと。安堵の突き動かすまま、彼はその手を取ろうとした。けれど、叩き落された。呆然としている間にその白い指先は彼の頭に燃える青を捥ぎ取って、何の未練も無く消えた。持ち去られた。奪い取られてまた置き去り。クレアシオンはもうクレアシオンですらなかった。彼は名をも上書きされて、あの男の前史に成り果てるのだ。彼は絶叫しようとした。身の底から魂の最奥から全ての呪詛を絞り出すように。けれど彼は身も魂も持っておらず、呪詛の紡ぎ方を忘れていた。故に声は出なかった。

 お前も捨てるのか。お前も、オレを。

 彼は今でも炎の海で溺れている。

 

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