101号室 わらうエンバーマー 忍者ブログ

101号室

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わらうエンバーマー

 

 多分私は三人目だから、というのはなんとなく耳触りのいいセリフだけれど、実を言えばアルバは三人目どころではない。積み重なった見えない死体はきっと天突く山を成している。

 右手を見る。後ろから少しだけ覗いて見える程度に爪が伸びていた。まだやわらかな指の腹の奥からは青白い動脈が伸びていて、剣胼胝で形の変わった関節を下り、ところどころ固くなって茶色く照っているてのひらの若い血色の下でめいめい勝手に枝分かれしている。そのうち何本かが向かっている手首の付け根に、彼はそっと左手の指先を当てた。

 どくり、どくりと秒針より少し速いくらいのリズムが伝わる。脈拍は正常。アルバは間違いなく生きていたが、今までのアルバたちと同様にいつかふっと消えてなくなるのだろう。

 彼は記号の寄せ集めで、アルバ・フリューリングという名前はそれを束ねる麻紐のようなものだった。勇者、魔力持ち、救世主、危険分子、囚人、あとは何だろう。とにかくたくさんのパーツはヘリウム入りの風船みたいにぷかぷか浮き上がっていたりとか、妙にとがっていて触るとざっくり手に刺さったりとか、それぞれに面倒くさい性質を持っていた。それらをひとまとめに縛り上げてひとのかたちに整形するというのだから紐の方もなかなか凄まじいものなのだろう。借り物だからよく分からなかったが。

 そう、アルバ・フリューリングは借り物なのだ。一たび組み換えが必要となったら情も未練も一切見せずすぐにだらりと解けてしまう。そうすると、ぎゅうぎゅうに押し込められていた記号たちはひとたまりもなくてんでばらばらに蹴散らされ、どこかに行ってしまうのだった。それが多分死ぬということだ。アルバ・フリューリングの所有権者が誰なのか、そして新しい詰め物を選んで拾ってくるのは何者なのかという点については、それこそ神のみぞ知るということだろう。

 「交代」がいつ行われるのかはまだ見当もつかないけれど、誰と交代するかというのは恐らく二択まで絞られている。選択肢いち、勅命勇者。選択肢に、魔王。懲役刑より辛いおつとめが終わる時期も未定なら魔力が暴走する気配も一切ないという状況なのでどっちに転ぶかは気持ちの上では五分五分なのだが、とりあえず転んだ瞬間にこのアルバの一生は終わる。スペランカーより儚い命だ。

「勇者さん遅いですよーさっさと来ないと眼窩おっきくしちゃいますよー」

 洞窟の外から鬼畜教師の声が響いてきたので、アルバは手首から指を離し、革のグローブに手を伸ばす。しっとり重い感触と使い慣れたにおいはアルバ・フリューリングにとっては数か月ぶりで、このアルバにとっては初めてのものだった。外出許可。囚われの勇者はあと何回青空を見れるのだろうか。死ぬ前に――ロスを失ったへっぽこ勇者のように、次元の狭間に飛ばされた赤い狐のように、檻に投げ込まれた救世主のように。あるいはそれ以前の何人かのアルバのように、解けるようにして音もなく死ぬ前に。

 際限のない思考を振り払うように頭を振り、囚われの勇者は立ち上がった。時間が押している。シオンが少し苛立ったような声でまたアルバを呼んだ。

 

*

 

「結構歩くんだね。もっと近くにゲート開けて貰えばよかったのに」

「色々面倒があるんですよ」

 見せたいものがあるとだけ告げたシオンは、言葉少なに数歩先を歩いていく。湿り気を帯びた落ち葉で埋められた土は足音を吸い込み、寒村の外れへ向かう道は沈黙でいっぱいだった。急ぐでもない単調な行進に揺さぶられて、アルバはあまり楽しくない退屈しのぎを始めた。つまり、自分の死後について思いを巡らすこと。先ほどまでの空想の続き。

 死体が残らないというか死んだこと自体誰も気付かないので豪華な葬式は望むべくも無かったが、とりあえず天国か地獄があるなら誰かの都合でするっと解けたりしないものであってほしいと思った。そこにこのアルバの先輩諸氏がいたとして、皆さんは一体どんな格好をしているのだろう。全員同じ顔を突き合わせて誰が自分か分からず困っているのか、あるいはバラバラ死体の如く関連性を失った大量の記号が散らかっているのか。どちらにせよ割と酷い光景で、たとえばシオンが見たら大爆笑だろうなと思った。

「……聞いてます?」

「え、あ、ごめん」

 馬鹿げた想像に頭の容量を割きすぎて話しかけられたのに気付かなかったらしい。これはよろしくないことだ。このアルバをかたちづくる記号には「妄想障害」とか「メタ認知」とかいう愉快なものは含まれていないのであまりそちらに係っているわけにもいかない。悪いボーっとしてた、と謝ると、シオンは舌打ちをして立ち止まり、ついでにアルバの足を踏んだ。結構痛かった。

「そろそろ着くっつったんです」

 目の前には朽ちかけた小屋が建っていた。木造の屋根は腐りかけて変色し、同じく木材で組み上げられた壁面は所々にちいさな隙間が空いている。これでは隙間風も通り放題だろう。

「……この中にお前のコレクションがあるの?」

「あんまりおおっぴらに見せびらかしたいもんじゃないので」

 きいぃ、と油の足りない音を響かせて、ささくれ立った扉が開く。暗くかび臭い部屋の前でアルバが二の足を踏んでいると、背後からどんと突き飛ばされた。つんのめるようにして足を踏み入れたアルバにシオンが続く。入り口から流れ込む光は空が曇っているせいか頼りないもので、彼の蒐集物が安置されているであろう部屋の奥までは照らし出さない。鞄をごそごそと漁りながら、シオンが呟いた。

「ふたつめとよっつめは殆どオレが持ってたので簡単に集まりました。みっつめも、まあいろんなところに散らばってはいましたけどそこまでは苦労はしませんでした」

 ランタンに明かりが灯り、シオンの腕が掲げられる。

 そこにあったのは死体だった。

 アルバの死体が四つ、壁に背を預けるようにして並んで座っていた。一番右側にいるのはボロボロの黒いマントを羽織った青年で、その隣は腰に赤いスカーフを括った勇者。その左はブレストプレートを纏った少年。左端にはもう少し幼いただの子ども。みな、一様に夢見るように目を閉じていて、そして、一切の外傷も病の痕跡もない状態でまっさらに死んでいた。彼らは一見したところでは完全無欠にアルバの死体だったが、よくよく目を凝らすと輪郭やら存在の端の方やらが少しずついびつに拗れたり擦れたりしているのが分かる。まるで、手作業で括ったみたいに。

「時間が掛かったのはひとつめですね。なんせ情報量も情報源も少ないし、同じ人に何度も話を聞き続ける訳にもいかないので苦労しました。結局月刊アルバとかいうアレの取材を利用してなんとかしたんですけど」

 ざっくりと何かが刺さったような手に包帯を巻いて、シオンが微笑む。狂人とは思えないようなやわらかく愛おしさに溢れた笑みを、囚われの勇者はまっすぐ見つめる。

 先ほどまでの空想が突然ゴールにたどり着いてしまった。自分は死んだらここに来るのだろう。目の前のうつくしい男の手によって、飛び散った記号を残さず拾い集められ、そして彼の記憶と執着のままぎりぎりと正しく縛り付けられて。それから、この辛気臭い壁の一番右に立てかけられ、次の死体や次の次の死体やその次を待ち続けるのだ。

 地獄のようでもあり、夢ようでもあって、そして、仕方ないなあと思った。

 こんなときどんな顔をすればいいのか分からなかったので、アルバはとりあえず笑っておくことにした。

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