101号室 ファタ・モルガーナとすくいぬし2 忍者ブログ

101号室

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ファタ・モルガーナとすくいぬし2

 

 父親を正座させたまま、シオンはこの馬鹿にどういった制裁を加えるべきかと頭を悩ませていた。また食費を使い込んで妙な本を買い込んできたのだ。頼むから食えるもんにしろハダカデバネズミ野郎。とりあえずこのまま石でも抱かせてやろうかと動いたところでタイミング悪く茶色い頭が二つ現れた。

「うわーシーたんまた家庭内暴力かよやめてやれよー」

「お前も家族みたいなもんだよ」

「発言のタイミングって大事だよな!」

 怯えながら茶々を入れてくるクレアだけでなく、視界の端に無言で佇む彼からも非難の気配は伝わってくる。シオンは溜息を吐き、脇腹への蹴り一発で父親を許してやることにした。

 

*

 

 クレアさんとシオンへ

 夏も深まってきましたね。洞窟の近くの草むらにいい声で鳴くコオロギがいるみたいで、寝る前にそれを聞いているせいか最近は夢見がいいです。

 旅は順調ですか?シオンは魔物にやられたという傷はちゃんと治りましたか。お前はあまり自分の身体を大事にしないところがあるので心配です。クレアさん、ちゃんと見て叱ってあげてください。毒を持つ魔物は減ってきてると聞きますが、頼むから無茶はしないでください。お願いです。

 前に言っていた南の離島へはそろそろ出発している頃でしょうか。僕は行ったことはありませんが、とても平和で食べ物もおいしく、素晴らしい場所だと聞きます。南の海が宝石みたいな色をしてるって本当なんですかね。航路の途中で見えるという蜃気楼というものも凄く気になります。お土産話と、あと実体のあるお土産の方も楽しみにしてるのでよろしくお願いします。

 勉強の方はきちんとやっています。宿題のページ数が同じだからと油断していたら、新しい問題集の文字がとても細かくなっていて思わず泣いてしまったりもしたけど、死ぬ気でやったら割と何とかなりました。それ以来たまに腕が謎のケイレンをはじめるのでこの手紙も書き直し三回目だったりします。フォイフォイさんがよく分からないこと言いながら腕を押さえてうずくまっててももう冷たい視線は向けないことにしました。

 今夏は熱中症が多いらしいので、ちゃんと水分と塩分は摂ってくださいね。二人の旅が安全で楽しいものでありますように。それでは、次に会える日を楽しみにしています。

 

 アルバ・フリューリングより

 

追伸 お土産は死ぬほど辛いものと辛くなくても死ぬ感じのものはやめてもらえると嬉しいです。

 

*

 

 肩の上から、ちゅぴ、ちゅぴ、と可愛らしいさえずりが聞こえる。潮風が軽食店のオーニングに張られたストライプの布をばさばさとはためかせ、ついでにテラスでぼけっとしていたオレの手の中のお手紙まで攫って行こうとした。危ねーシーたんここにいたらオレも今ごろ空飛んでたかもしれない。宛名が連名なんだから一緒に読ませてくれればいいのになんで単独行動タイム直前に渡してくるんだろうなあ。にやけ面見られんのそんなに嫌なの?

 青い小鳥は乱暴な風にも負けず、オレの肩にしがみ付いて歌い続けていた。わあ健気。ちょっと胸を打たれたオレはクッキーの上に乗っかっていたかぼちゃの種を半分に割って差し出してやった。が、食べない。あれ腹減ってないのかなあと首を傾げたところで思い出した。ああ、この鳥魔法で出来てるんだっけ。

 旅人に手紙を届けるっていうのは割と難儀なお仕事だ。居所の報告義務のある王宮戦士とかならともかく、完全に風の向くまま気の向くまま世界中あっちゃこっちゃ行ってるオレたちを補足するには関所でも使わなきゃ無理だろう。そこで束縛されたい系家庭教師が哀れな生徒に真っ先に教えた魔法こそこの超時空伝書鳩っていうわけだ。鳩じゃねーけど。

 魔界からオレたち目掛けて飛んできたこの小鳥は、今度はオレたちからの手紙を持ってアルバくんの元へと帰る。細い首に括られた飾りっ気のない便箋はシーたんが既に返事を書いてしまっていることを示していた。届いたの今朝で今まだ10時前なんだけどはえーよこえーよ。

 オレは鞄から便箋とペンをとり出し、まだ二枚ほどクッキーの残っている皿を文鎮代わりに使った。いつも通り面白おかしく近況報告をしてやろうとしたところで、ふと手が止まる。

 オレは手を挙げて、赤いエプロンの似合うお姉さんにコーヒーのお替りをお願いした。頭の中では親友が夢見るように呟いたあの言葉がぐるぐると回っている。オレは千年前からあの人を知ってる。あの人、勇者アルバ、このペンと紙で今から作り上げる手紙の宛先。千年前にいたかもしれないまだ20にもならない子ども。

 あれから機を見てなんとか(具体的には殴られたり蹴られたり剥がれたりしながら)聞き出したところによると、シーたん言うところの「千年前」っていうのは別に勇者してた時期限定の話じゃなくて、まだパパさんがまともでオレも元気に落とし穴にはまってたころも含んでいるらしい。視界の端で親しげに笑い、気心の知れた友人みたいにしてるくせに絶対つかまらないアルバ・フリューリング。

 それは変だ。ものすごくおかしい。

 だってオレの千年前にあの子はいなかった。

 裏山に林檎を植えに行ったときも二人っきりだったし、屋根の上で流星群を眺めたのはオレとシーたんとパパさんだけだ。そもそも、オリジニアには他に歳の近い子どもなんていなかったはずだ。シーたんの記憶とオレの記憶は明らかに食い違っている。これは一体どういうことなんだろう?アルバくんが魔法で過去に跳んでいたのだとすれば、オレだって彼を知っているはずなのに。

 腹の中に巣食い始めたもやもやを押し流そうと、オレは熱いコーヒーを流し込んだ。そして再びペンを取る。

 視界の遥か奥の方には海があった。所々に白い波の立つ水面は、真昼の陽光に照らされてきらきらと輝いている。南の離島には明日の朝出発することになっている。

 

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