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「勇者ナンバー45番、アルバ・フリューリングです!これからよろしくね、戦士」
弱そうで面倒くさそうで愚鈍そうな子供だと思った。それでも、こちらの顔を正面から見つめて微笑みかけてくる彼の姿に、ロスは、シオンは、クレアシオンは息が詰まりそうになった。
ああ、やっと見つけた。
*
カテキョ終わってからアルバくんと二人っきりでお話したいなー♪と成人男性が持てる全力で可愛らしくお願いしてみたところ、腹にキツめの蹴りを頂いただけでなんとか目的を達成できそうだった。完全に汚物を見る目を向けられていたのは気にしちゃいけない。目的のためなら手段を選ばない非情さも時として必要なんだぜ!
日が暮れてしばらく経つと暑さも緩んでくる。洞窟の入り口脇に立ってコオロギの合唱を聞いていると、突然顔面に裏拳をぶっこまれた。
「いてーよシーたん……」
「おらさっさと行くなら行け。持ち時間は5分で10秒超過ごとに肋骨一本のペナルティな」
「制限厳しすぎじゃね!?」
「はいカウントダウンスタートー」
鬼教師に急かされ、オレは泣きながら走った。どんだけ嫉妬深いんだこの男。これで告白もしてないっつーんだから我が親友ながらほんとにこえーよシーたん。
ところどころに蝋燭の灯る細い道に足音を響かせつつ、脳味噌を回転させる。アルバくんに聞きたいことは一つ。実のところ、問いただすというよりは裏付けを取るくらいの気持ちだ。オレの中でひとつだけ納得のいく解答が見つかってしまっているので。息が上がる。
何故シーたんは遥か昔からアルバくんに出会っていたのか。答え、出会ってない。
どうしてオリジニアにいたという彼をオレは覚えていないのか。答え、アルバくんはオリジニアになんていなかったから。
クレアの認識とシオンの認識が食い違っているところからオレの感じる不協和音は始まっているのだ。千年前の住人はもう二人きり。そのうちのひとりとひとりが対立していて答え合わせも出来ない以上、どっちが正しいのかは分からないのだと思っていた。
でも本当はカンニングペーパーはあったんだ。小学生向けの歴史の教科書をぱらぱらめくってクレアシオンの名を探すだけでいい、ほーらオレの勝ち。紙とインクからも伝わってくるくらいシオンが大事で仕方ないあの勇者さまがタイムリープを決めたのなら、そんな馬鹿げた名前が存在するわけがない。世界より友達を取ったあの子どもは千年の孤独なんて許しちゃくれないだろう。
千年前のアルバ・フリューリングはきっとシオンの記憶の中にしか住んでない。記憶。自分だけのファタ・モルガーナ。そこでは二度と出会えない人とこれから出会う人が手を取り合って踊っているという。
記憶は過去を写し取っているようでいて、結局思い出すのは今ここに居る人間だ。それはきっと歪むし欠けるし、上書きされてしまう。
要するに、シーたんはアルバくんに救われると同時に巣食われてしまったというわけだ。あの子の居ない過去を思い返す度、その空白に彼の姿を描いてしまう程に。それが作り直されたものだとわかっているからこそ、彼の顔を見えなくしたんじゃないのだろうか。我ながら名推理!そして割と信じたくねーよ!
格子が、ゴールが見えてきた。ガシャンと開けてガシャンと滑り込む。今なら世界新記録狙える気がするぞスゲーよオレ!その場に崩れ落ちて冷たい檻の感触を堪能していると、上の方から心配そうな声が降ってきた。
「えっと……?あの大丈夫ですか」
茶色の髪に黒い目、横シマの目立つ囚人服。文字の輪郭とことばの肉体の勇者さまが久しぶりに実体を伴って現れた。幼い感じの顔はスパルタ教師のせいでちょっと泣いた跡がある。流石のサド野郎だぜシーたん!
「やっほー、アルバくん、久しぶりー……」
「なんでそんな死にそうなんですか?今水持ってきますから」
「いやいい、寛ぐとほんとに死ぬ、とりあえずいっこだけ教えてほしい」
アルバくんは足を止め、怪訝そうにこっちを見た。オレには彼の顔が見える。ここはまだファタ・モルガーナの街じゃない。
「シーたんがさ、千年前からアルバくんのこと知ってるって言ってたんだけど」
この子はどう答えるのだろう。意味不明なことを言われて困惑するのだろうか。それとも秘密の魔法を見破られて狼狽えるのだろうか。全然二択じゃないのは分かってたけど、オレは二択で悩んでるフリをした。親友の頭がエターナル春だなんて認めたくないじゃん。
残念ながら、本当に残念ながら、アルバくんはそのどっちも選ばなかった。彼は一瞬ぽかんとした後、とっても素敵な感じに微笑んでこう言ったのだ。
「ボクもそんな気がしてたんですよ」
今度はオレがぽかんだった。何言ってんだこの子。
そして、ちょっとしてからあんまり理解したくない感じのことを理解してしまった。うちのシーたんとこの勇者さまはどうやら同じ蜃気楼の街に住んでるらしい。
こういうときって何撒けばいいんだっけ。花びら?米?それとも塩?もう知らねーよお幸せに!
床につけたまんまの耳に、かつりかつりという死刑執行人の足音が響き始めた。いいやもうどうにでもなーれ。起き上がる気力も奪われたので、そのまま垂れたパンダみたいにべっとり広がっちゃう。目の前ではアルバくんがオレの謎の行動と迫る足音に一人で焦ってきゃんきゃん突っ込んでいた。うわーめっちゃおもしれー。
それを横目に見ながら、オレは想像する。クレアとシオンの旅が過去になったとき、オレたちはそれを思い出すだろう。その視界の隅を茶髪の少年が走り抜ける。理不尽な状況に遠くから突っ込みを入れる声が響く。物憂げに手紙をしたためるシオンの後ろで、宛先の勇者が悪戯っぽく笑っている。
悪くないかも、と思った時点でオレの頭もちょっとおかしいのかもしれない。
逆さまに浮かぶファタ・モルガーナの街で、すくいぬしとすくわれた男が幸せそうに手招きをしていた。