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目を覚ますと真夜中だった。
齧られたように左上を欠いたまま、中天の月が煌々とした光を放っている。獣の遠吠え、毛布を貫き身の内に沁みる冬の冷たさ。夜の闇の内にあって、しかし全ては明瞭で、本物でしかなかった。
山の麓でロスに出会ってから丸一日も経ったような気がしていたが、現実の方はまるで時間が進んでいなかったらしい。隣で眠るルキは寝返りを打った様子もなく、くうくうと安らかな呼吸を漏らしている。
視界を巡らす。焚火の燃えさしの辺りに目を凝らせば、それは変わらず元の場所にあった。少年は剣を携えて立ち上がり、ぎこちない歩調で近づいて行く。
ささくれ立った木箱は内側に水色の絵の具が塗りたくられ、空だか海だかの真似事をしている。その上に砂を敷き詰めたのは、他ならぬアルバ自身だった。
もうすぐ一年だった。走り出し、強くなって、探し続けてそれだけ経つのに、彼に繋がる糸口すらも見えてこない。どれだけ掛かってもなんて威勢のいい啖呵を切って見せた癖に、アルバの心はギリギリのところまで追い詰められていた。焦りと寂しさが胃の下の辺りに溜まり続けて、苦しくて痛くて仕方なかった。ローブの商人に声を掛けられたのはそんな時だった。
馬鹿馬鹿しいと思った。それでも縋らずにはいられない程、会いたかったのだ。
もう一度会いたかった。ロスの隣で笑って、幸せでいたかった。突然殴られて捕まって押し込められて縛られたって、一緒に居られるならそれでいいとすら思うほどに。
けれど、あの箱の中の世界でロスは笑っていなかった。
あれでは駄目なのだ。あの窮屈な砂っぽい場所に押し込めたところで、アルバの中のロスすら幸せに出来ない。探して見つけて助けて一緒に戦ってラスボスを撃破して、そういうあまりにも面倒くさい手順をきちんと踏んでいかない限り、きっと無理だ。
閉じ込めてはいけなかった。どんな形でもいいなんて大嘘だ、正しい方法でなくては正しい彼は戻ってこない。
「……絶対に見つける。絶対に、今度こそちゃんと、幸せにする」
だから、ごめんね。
剣を抜き放ち、嘘塗れの箱庭へと突き立てる。
幸せな世界はさらさらと音を立てて崩れ、本物の夜の底へと攫われて消えた。