101号室 今ここに縋るノーウェア・マン2(完) 忍者ブログ

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今ここに縋るノーウェア・マン2(完)

 

 忘れるな、と声がする。

 友を救い魔王を殺し、その半身と血を贖え。お前の命はそのためにある。

 為すべきを成せ、と声は言う。

 ――この身を亡霊に窶したとしても。

 

Nowhere Man

 

 

 気付くとクレアシオンは立っていた。

 この薄暗い牢獄はどこなのか、今は一体いつなのか、檻の中の青年は何者か。己を取り巻く状況は不明な点が多かった。だが、何故ここにいるのかだけはこれ以上ないというほど明確に理解している。為すべきことを成すためだ。魔王を殺してクレアを助けるためだ。それがクレアシオンの存在意義であって、喩え亡霊と成り果てても追い求めるべき目的だった。

 行かなくてはならない。檻の中一面に貼られた封魔符の効力は、その何割かを外に立つクレアシオンにも及ぼしていた。このまま重圧の中で立ち尽くしていても意味はない。だが、どこへ行けばいい?魔王はどこにいる?

 囚われびとが彼を認め、声を上げたのはその時だった。

 鬱陶しいガキだ。知り合いでもないくせに馴れ馴れしく話しかけてきて、無視しているのに纏わりつくのをやめない。クレアシオンは行かなくてはならないのだ。魔王を殺すために。魔界。そう、魔界に行けば魔王がいる。転移魔法を使わねばならないのだろう。この牢獄から出なければ。けれど青年はクレアシオンを引き留めた。

 傷の手当てくらい自分でできる。話すことなど何もないこれはオレの問題だ、お前に何の関係があるというのだ。いっそ本当に叩きのめしてやろうか。そう思っていたクレアシオンの魂は何故か一言で燃やされてしまった。

 しんぱい。

 それはクレアシオンの知らないものだった。三人で完結する世界を独りで背負った勇者には、悪意でも苦痛でもないものへの対処法が分からない。伸べられた手。何か暖かなもの。頭を殴られたような衝撃。

 そのまま世界は霞んでゆく。クレア。父さん、ルキメデス、魔王。殺さなくては。魔界へ行かなくてはいけないのだ。為すべきことを成すために。

 最後まで手を離さなかった彼からは、何故か懐かしいにおいがした。

 

*

 

 破れかぶれで跳んだ魔界は様変わりしていた。集落をつくっては燃やされ壊され灰になるを繰り返していた面影はなく、石造りの道と白い壁の家がうつくしい街を編み上げていた。けれど、クレアシオンには世界の在り様など何の関係もなかった。彼は眠りを必要としなかったし、空腹を感じることもなかった。そういった欲求は為すべきことを成すためには不要だったので。たった一つ問題だったのは魔王の居場所が分からないということだった。ルキメデスは破壊と断末魔の中心にいるはずだったのに、いまここにはそれが無い。人々はあまりに平穏に生きていた。目印の喪失は目標への到達を妨げる。ひたすらに不愉快だった。

 短い蝋燭に揺らされる影法師の如くに彷徨っていた。血の匂いと死の味を探し、父親の痕跡を探し、クレアシオンはまた魔界をあくがれ歩く。苦痛も絶望もない旅はあまりに虚ろで、彼は久しぶりに己が独りであることを意識した。父親に殺され親友を奪われたあの日からクレアシオンは変わらず孤独だったというのに、あまりにも今更だ。忘れていたとでも言うのか。何もないからだの中で、時折心臓が熱く脈打った。

 しばらくして、クレアシオンはようやく見覚えのあるものに出会った。魔王の手製、第一世代魔族。年老いたこの大男は、命じられるまま多くの命を踏みにじっていた筈だ。

 こいつなら魔王の居場所を知っているだろう。胸中には暗い安堵が押し寄せてきた。

「おい」

 背後に立つ。剣を抜き放つ。動脈を掻き切る準備をする。男が振り返る前に首筋に刃を突き付けてクレアシオンは尋ねた。

「魔王はどこだ」

 魔族は酷く狼狽した。あ、だかう、だかよく分からない声を上げる姿は、かつて血に塗れて哄笑を響かせていた男にほど遠い。平和ボケか。舌打ちを落とすと、クレアシオン、何故お前が、という掠れた呟きが聞こえた。まるで死人にでも出会ったかのようだった。そこで勇者は理解する。この男は自分を忘れておらず、恐怖に震えているのだと。

 頸の剣を少し進めて先と同じ質問をする。だが、返ってくるのは混乱した独語ばかりだった。使えない。そのまま頭を落とした。

 吹き出す温い返り血を全身で浴びた。死の味。血の匂い。それでも魔王の居場所は分からない。どうすればいいのだろう。自分にはきっとそれしかないというのに。他に残されたのは、この奇怪な音を立てる心臓と――、

 無傷のまま血塗れになったクレアシオンは、たった独りで目を閉じる。迸る血が自分のものだったのなら、あの子供はどんな顔をするのだろう。

 彼ならば、クレアシオンのために泣いてくれるのかもしれない。醜い傷跡を撫でながら。

 

*

 

 それから半月近く魔界を這いずりまわった。見知った顔を見つける度に魔王の居場所を訊いたものの、誰一人まともな答えを返さない。震えながら城のような建物を指差す輩は何人かいたが問題外だった。あそこからはルキメデスの魔力は感じられない。

 斬っては捨てを繰り返し、クレアシオン広大な地でたった二人を捜し歩く。ずっと同じことをしている。成し遂げるまでは忘れることも変わることも許されない。死ぬことも。

 だから彼は眠れない。

 

 雲一つない空の上では日が傾き、あらゆるものが橙に染め上げられる。

 クレアシオンは夕暮れが嫌いだった。ある時間の終端を露骨に囁きかけるそれは、また過ぎ去った無為なる一日を痛感させる。続いて訪れる黄昏は罪も罰も含めて全てを曖昧にしてしまうものだった。

 柔らかな風が吹き渡り、黄金に呑まれた一面の草原を揺らす。生ける者どもの海の先に目を遣ると、切り立った断崖があった。その隅には洞窟らしきものの入口がある。視界に入ったそれに、クレアシオンは激しい違和感を覚えた。

 洞窟の奥からは何の魔力も感じられない。感じられないように、手の込んだ細工がされている。どうしてここまで、というほどの執拗かつ巧妙な隠蔽結界が張り巡らされていた。これでは中にどんな化け物がいたとしても外から窺い知ることはできない。

 何がいる。この中に、まさか。

 考えるよりも先に体が動き、クレアシオンは結界を破壊した。何故か己と全く同じやり方で紡がれていた魔法は、見出すのも壊すのも容易かった。

 砕け散る音。

 ――見つけた。

 

*

 

「あれ、シオ……!?」

 相手の顔も見ずに爆発呪文を突っ込んだ。充満する閃光とそれに続く轟音、瓦礫と岩盤の雨。だが父の魔力の気配は消えない。障壁で凌がれることくらいは予想の範疇内だった。

 ルキメデス。クレア。見つけた。やっと会えた。クレアシオンの世界はようやっとここに皆が集った。殆ど悪寒にも近い荒れ狂う歓びが彼の脳髄を灼いていく。クレアシオンはそのためだけに今ここにいる。他の全てを擲ち無力なシオンを捨て去って、たった二人のために勇者になった。躊躇いも情もどこかにやった。為すべきことを成すために。友を救い魔王を殺すために。何一つ為せなかったこの魂はついに報われるのだ。

 土埃が晴れていく。クレアシオンは期待を押し込めながらその奥を見つめる。

 けれど、待ち人はそこにいなかった。

 確かに人影は二つだった。怯える桃色髪の幼い少女。そしてもう一人。

「……っ突然何すんだお前!死ぬかと思ったわ!」

 記憶の端にこびり付く、囚人服の青年だった。どういうことだ。なぜここにいる。また会えた。ルキメデスは。クレアは。お前は何者だ。暖色の不純物が混ざる思考はまとまらない。魔王はどこだ、と尋ねると、何故か少女が涙を浮かべてびくりと震えた。

「シオンさんが、エルシャさん、だったの……?」

「シオンじゃない。クレアシオンだ」

 どうしてその名前を知っているのだろう。父親を殺せなかった子供の名前、勇者には必要のない生臭く脆いものだ。彼はシオンではなくクレアシオンだった。

 魔王はどこにいるのだ。魔力の気配はあるのに姿はない。何らかの術を掛けた上で姿を眩ましたのだろうか。ならば追わなくてはならないだろう。行方を聞き出さなくては。少女の方に一歩距離を詰めると、庇うように青年が身を乗り出した。

 何をする気だ、と身構える。すると彼は、どうしたことかクレアシオンの頬をぺたぺたと触り始めた。

「幻覚……じゃないんだよな。めっちゃ体温低いけど実体あるしルキにも見えてるし、あとボクの住居に実害出てるし。お前何で都市伝説ごっこなんかやってんの?何かあったら相談しろって言っただろ馬鹿、心配掛けやがって」

 掌が離れるのが惜しいと思ってしまった。朽ちた魂がまた燃える。これはなんなのだろう。魔法なのだろうか。勝手に手が動く。肩に触れた指先から伝わってくるもの。懐かしいにおい。

「魔王と勇者の力があるんだ、お前ぐらい助けてみせるって」

 

 ――ルキメデスの魔力。

 

 そのまま指先に病毒と壊死の術式を紡ぐ。勘のいい化け物は咄嗟に身をかわし、距離を取ろうとする。詠唱破棄した下位魔法で追撃。迸るいかずちに囚人服と腕を焼かれ、彼は低く呻いた。

「おい、ふざっ、けんな……、マジで、痛い、んだけど」

「お前が魔王か」

 笑みが抑えきれない。ここにいたのか。お前の中にルキメデスがいるのか。彼を殺せば宿願のひとつは果たされる。血流よりも速く全身を走る興奮に背が震えた。同時に、どこともわからない場所が何故かしくしくと痛み出した。

 彼のための剣を抜く。魔王は混乱した様子で身構えることもしない。

「何言ってんだお前……?なんでこんなことを」

「為すべきことを成すために」

「前も聞いたけど意味わかんないって!具体的に言えよ!」

「魔王を殺し、ある人間を救うこと」

 魔王は絶句し、目を瞠った。なんで、と呟きが零れる。

「もうルキメデスは死んだしクレアさんも元気だろうが!どうしたんだよお前!?」

 何を言っているのだろう。意味が分からない。

「オレは魔王を殺していない。クレアも救っていない」

 距離を詰めて一太刀入れる。魔王は足元にあった何かの天板で受け止めた。

 クレアシオンは力を込めた。板が邪魔だ。割れてしまえばいい。彼の顔が見えない。殺さなくては。殺してやる。これが欲しい。

「ルキ!」

 クレアシオンではない少女に向かって彼が叫んだ。こいつうちの戦士と同一人物なの?何かに体乗っ取られてるとか!?少女は震える声で答える。そっくりだけどやっぱり違うみたい。存在が虚ろなの。つよい情念が莫大な魔力にあてられて形を取った、亡霊みたいなものだと思う。

 亡霊。クレアシオンはまさしく亡霊だった。顧みられない眠れぬ魂で、その名とその身に課せられた悲願を果たせなかった哀れな屍。手向けの花も冥福の祈りも彼のもとには届かなかった。だから、彼は己で己を弔うしかないのだ。

「亡霊っ、て……くそ、ほんとに怪談だったのかよ!成仏して!」

「なら殺されろ」

「ふざけんな!もういいじゃないか、ロスは笑っててシオンも幸せになった。それじゃ駄目なのか!?」

 知ったことか。

「オレはオレの目的を果たすだけだ。ロスだろうがシオンだろうが、邪魔立てするなら全員殺す」

 その瞬間、剣が弾き飛ばされた。板が捨てられ、ごとりという音。何十秒かぶりに現れた彼の瞳は片方だけが赤い。

「――そっか」

 落とされた声の色に、こちらに向けられたその視線に、先ほどまでの温かさはどこにもなかった。

 息が止まる。どこかの痛みが強くなる。

 やめてくれ、とクレアシオンは叫びそうになった。助けてくれると言ったくせに、どうしてそんな目で自分を見るのだ。彼に縋りついて詰ってしまいたかったけれど、彼が彼である理由がそれを決して許さない。クレアシオンは勇者でこれは魔王なのだ。

「ルキ、ゲートを。城の武器庫から剣一本借りてきて」

 小規模な爆発が起こる。閃光も轟音も伴わない魔法がクレアシオンの脇腹を抉り取った。痛みに視界が弾け、一瞬理解が遅れる。誰がやったのだ。一人しかいない。けれど。

 懐かしいにおいがした。彼を殺した父親のにおい。

「除霊とかやったことないんだけど、物理って効くのかな?」

 傷口から血は流れない。青年の目は乾ききっていて、その手はクレアシオンの心臓を狙っている。彼はただその眼差しだけで、どこか隅の方で辛うじて生きていたクレアシオンのこころの残骸を、これ以上ないほどに手ひどく裏切って見せた。

 殺してしまえばいい。最初からそのつもりで剣を抜いた。先ほどまでの歓喜はどこに消え去った。殺さなくてはいけない。返してくれ。頼むから、オレを、

 突き付けられた鋼が鈍く輝く。

「オレを、消すつもりか」

 お前もオレを捨てるのか。父親のように。ロスのように。シオンのように。

「そうだよ」

 いまここにいる魔王は、勇者の亡霊に刃を向ける。

 その切っ先には躊躇いの欠片も存在しなかった。 

「あいつの幸せを邪魔するな。手を出すというなら容赦はしない」

 

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