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101号室

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公理の空漠孤独の積分


 勇者などとは似ても似つかず、世界を救える筈も無く、運命からは最も掛離れていた。

 重なる影は二つあった。一つは少年で一つは青年だった。楽し気に駆けるひとりの後ろを幽鬼の歩調が追っていた。冬の近い空は鈍色に曇り、輪郭と境界を塗りつぶさんとするようだった。春で無く、花は無く、救いは無かった。クレアシオンは死んでしまいたいと思っていた。

「街が見えてきたねえ。おめでとう、今回も生き延びたよ」

「行きたくない」

「駄目。もう食料ないんだから」

「食べなくていい」

「ボクがお願いしても?」

「……アルバ」

「さあ、歩いて」

 小さく柔らかな手に人差し指を握られ、青年は黙って俯いた。簡単に振り解き得る程の弱い力であってとても弱い少年だった。引き摺られることしか出来ないのは、クレアシオンがそれよりも弱いいきものだからに違いない。

 アルバは青年の飼い主であり、被保護者だった。支配を放棄した奴隷主だった。

 譲渡と言うよりは無主物の先占。クレアシオンはただ只管に悍ましいものだった。恐怖と堕落を至上命題とする魔王にすらも持て余され、死の大地の最果てに捨てられた。父の術式は強力であり、少なくとも己の息の根が止まる迄は縛られたままで居られる気がした。死んでしまいたいと思っていた。このまま何処にも行けないのなら。愛されることも求められることも無く、その存在で世界の毒となるのなら。心地よく寒い眠りの淵はひたひたと音を立てて打ち寄せた。けれど、彼に届くことはなかった。

 陽光の差さぬ谷底に、茫、と暖色の明かりが見えた。網膜の染みによく似たそれは、しかし徐々に大きさと明度を増していく。近付いていた。軈てランプを支える右手が現れ、赤毛の少年に繋がった。

 検分するように目が眇められ、吐息が掛かるほど顔を近くに寄せられた。散々眺め回した挙句、夢見るような可憐な声で、醜悪なものを滲ませながら、アルバ・フリューリングは呟いたのだった。

「……みぃつけた」

 その拍子に、少年が小脇に抱えていたものがどさりと音を立てながら黒い大地に転がった。クレアシオンはそれを見た。死んだ筈の感覚が悪寒と嘔気を伝え始めた。

 腕だった。恍惚と微笑む少年は、左の肩から先を斬り落とされているようだった。

 

***

 

「ボクらはAに対する非Aだ。Aの否定でありAの捨てたものどもであってAを除く全ての何か。論理体系が生きている以上Aと非Aは共存し得ず、つまりボクはアルバを取り去った後のクッキーの生地みたいなものなのだけれど、内部に構造として存在する空隙により逆説的にAというものを宣言してしまう。従属物であって主体とはなり得ず、己で己を規定し得ない。ボクとお前は同じものに呪われているんだよ」

「……何に」

「物語」

 だからボクは断ち切られたところで死にはせず、お前は救われ得ないんだ。

 クレアシオンの足元から歪な同心円を描くようにして、草原は急速に死んでいた。丈の短い草木の群れは溶けるように崩れて大地に零れ、甘ったるい臭いを撒き散らしながら地層の奥まで腐らせていった。彼の存在が生き物を殺し彼の生存が無機物を毀した。生ける災厄そのものだった。

「ああ、何、また泣いてるの。大丈夫だよクレアシオン。お前にはボクがいるじゃないか。愛しているよ、ボクにはお前が必要なんだ、何をしたって許してあげる。絶対に捨てないと約束するし、最期まで傍にいてあげよう」

 立ち止まらせはしないと言うように、少年は手を引き続ける。歌うような調子だった。繋いだ部分から掌は腐り始めていたが、気にした様子も見られなかった。

「そしてお前はボクを殺し、ボクはお前を堕とすんだ」

 臙脂の頭が振り向いて、熱に浮かされた瞳がクレアシオンの空隙を貫いた。その痛みと愛おしさによって、青年の炎はまた燃えた。

 曇天の街には早くも明かりが灯り始めている。直ぐに掻き消え、そして、二度とは灯らないであろう輝きだった。

 クレアシオンの旅は終らない。運命以外の全てで以て、そのように定められている。

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