101号室 組み立て式ヒロイック・ロマンス6(完) 忍者ブログ

101号室

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

組み立て式ヒロイック・ロマンス6(完)

 

 シオンは夢の中で目を覚ます。真っ白な空間。また同じ場所。

 また、同じ声。

「一週間後の午前十時、旧校舎特別教室棟の屋上。誰にも言わずに一人で来ること」

 シオンは必死に辺りを見回す。全ての音節がはっきり聞き取れるほど声が近づいたのは初めてのことだった。もしかしたら、声の主の姿も見つけられるかもしれない。見つけなくてはいけない。

「誰なんだよお前!なあ、あの人は誰だ、オレは一体誰なんだ!?」

「言われた通りにすれば全部思い出せるさ」

 声はすぐ後ろから聞こえた。

 震えながらシオンは振り向く。

 黒い髪、赤い目、白い貌。首に赤いスカーフを巻いて、自分自身が立っていた。

 

 

最終話:アルバ・フリューリング先生の次回作にご期待ください

 

 

 アルバが最初に組み立てたパーツは左目だった。

 その時ロスはまだ存在していないことになっていたのだが、アルバが覚えているのだからロスも知っている。ロスはアルバが意識的に作り出した幻覚妄想の類で、脳味噌に居候する幽霊だった。

 大量の魔力を得たアルバは少年のまま老いることをやめたが、ただの人間となったシオンはそうもいかなかった。彼は60ほどまで生きて、ある日突然病で死んだ。大事な友達を失ったのだから心の整理には時間も必要だろうが、そんなことを言っていられるような状況でもなかった。世界には次なる危機が迫り、勇者アルバは寝る間も惜しんで魔物退治に奔走しなくてはならなかったのだ。

 そんなある日、ついにアルバの精神に限界が来た。左目から勝手にぼろぼろ涙が零れるようになってしまったのだった。最初のうちは誤魔化し誤魔化しやっていたのだが、オークの大群を撃退してボロボロの状態で地に伏したときにヤケクソを起こしてしまったらしい。何の準備もせずに自分の目玉をぶち抜いたアルバはその激痛で気絶し、目覚めてから空の眼窩に新しいものを詰め直した。当然涙は止まらない。目玉が勝手に濡れてきたら人体の不思議大発見だろう。アルバは今度は涙腺を堰き止めた。皿を数えるどこかの幽霊みたいに目が腫れた。そこまでやって、アルバは多少冷静になった。このまま考えなしに体を弄っていたらいつの間にかゾウかキリンみたいな頭になっていて、今度は動物園の方の檻にぶち込まれてしまうかもしれない。この大事な時にゴーホームは勘弁したかったので、アルバは頭を弄ることにした。

 手始めとして「かなしい」という感情と「涙が出る」という反射の連関を切ってしまった。脳味噌の中身が分からなくたって結果が方法を規定してくれる。それが魔法というものだ。当面はこれで何とかなっていたのだが、しばらく経つと閉じ込められたかなしみが夜毎にアルバを激しく苛むようになり、眠りすら妨げられるようになった。

 「かなしい」を消してしまうことも考えたが、感情のない戦闘マシーンはアルバの考える勇者には一致しなかった。ここにきてようやく彼は対症療法に切り替える。

 アルバがかなしいのはシオンを失って二度と取り戻せないせいだった。天寿を全うした彼を勝手に蘇らせたりしたらぶん殴られるくらいでは済むまい。ではどうするか。アルバの中でだけ生きていればいいのではないか。そう気付いたアルバは自分の世界を組み換えることにした。自分の脳味噌にこびり付く「シオン」を片っ端から拾い集め、ひとつのかたちに組み立てたのだった。

 実体のないニセモノであることを忘れずにいるために、アルバは自分の幻覚妄想に本物との差異を幾つか設定した。シオンではなくロスの姿をしていること。アルバの触覚には干渉しないこと。だからロスはアルバを小突いてやることすらできない。どれほど憎々しく思っても胸倉だって掴めやしないし、抱きしめようとしたってすり抜けてしまう。

 ロスの創造によって何かの踏ん切りがついてしまったらしく、アルバはどんどん自分を組み換えていくようになった。顔も体も、頭の中身も。もともとの彼は日に日に小さくなって、勇者とかいう不気味な何かが我が物顔で居座るようになった。アルバはどこまでアルバなのか。もう誰にも分からない。

 シオンは間違いなくアルバのことが好きで、そしてロスはシオンの記憶でできている。大切なひとが己の身を切り刻み、痛いということすら忘れること。ロスはそれを許せるような神経を持っていなかった。

 だから裏切った。

「くっそなんなんだアレ!時空間魔法使える人間なんてまだ残ってたの!?」

 真っ黒な翼を羽ばたかせ、アルバは音速を超えて飛んでいく。目指す先の校舎は今やほの青い燐光に包まれ、異界然として佇んでいた。巨大な魔力が人の世界で脈打つ音が聞こえる。

 幻覚妄想の身で出来ることなど限られている。例えば宿主からこつこつかすめ取った魔力で魂をサーチするとか、対象者に夢を見せて唆すとか。幻覚魔法と無意識という二重のブラックボックスを握っているのだからアルバに隠すこと自体は簡単だった。

 被造物である以上、ロスにはアルバを救うことはできない。勇者という居心地の良い檻から彼を連れ出しぶん殴ることが出来る人間はたったひとりしかいなかった。

 あの赤い目の少年はきっと今頃、時が逆巻き記憶が流転するあの校舎で、勇者さまの組み立て説明書を受け取っていることだろう。アルバの知っているシオンとして。さっさと分離して復旧して攫って逃げろクソ野郎が。

 風を切る音がする。初夏の上空のにおいはロスには分からない。比翼の鳥のように寄り添って飛ぶ幻覚妄想は嫉妬に身を焼かれながら、それでも静かにほくそ笑んだ。

 アルバはロスに本物の如く振る舞うことを望んだ。自分はその通りにしただけだ。大切な友達のために、世界を少しだけ犠牲にすること。

 黒い羽が一枚剥がれ、重力に引かれ落ちていく。

「勇者さん、ラブコメとか好きですか」

「この非常時に何言ってんのお前馬鹿なの!?」

「あんたが馬鹿なんだからオレが馬鹿でも仕方ないじゃないですか」

 こっちが穴を掘る前からフォーリンラブなんてコメディ以外の何物でもないだろう。精々頑張れよシオン。

 自己犠牲のヒロイックロマンスは、もうこれっきりにしてくれ。

拍手[14回]

PR

プロフィール

Master:かのかわ
mail:doublethink0728◎gmail.com
(◎→@)

ブログ内検索

Copyright ©  -- 101号室 --  All Rights Reserved
Design by CriCri / Photo by Geralt / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]