101号室 萌え出ずる春に異端審問2(完) 忍者ブログ

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萌え出ずる春に異端審問2(完)


 アルバの席は廊下側の一番後ろにある。出るのも入るのも、逃げ出すのにも便利な位置だ。

 あれからアルバはシオンを避け続けていた。理由は簡単、返事を聞きたくないから。

 我ながら本当に身勝手だと思う。自分の都合で彼を傷つけて、そのくせ当然訪れる報いを少しでも先延ばしにしようと足掻いている。

 罵られるのも馬鹿にされるのも平気だった。アルバ自身よりもアルバのことをよく知る彼は、決定的に折れてしまわないギリギリのラインを見極める。そして時々気遣うように寄り添って、自分が付けた傷を撫ぜるのだ。優しい人で、掛け替えのない友達だった。彼とクレアと3人でいつまでも笑っていたかった。たったひとつのわがままのために捨ててしまった温かな関係。

 次の言葉は何の手心もない拒絶なのだろう。理解はしていても、恐ろしさは消えなかった。

 チャイムが鳴る。上の空のうちに午前中の授業は終わってしまった。受験生なのにこんなんでいいのかなあと苦笑が漏れる。

 今日も尻尾を巻いて逃げだそう。きつい目で見てくるシオンにも、物言いたげなクレアにも捕まらないようなどこかで昼食を摂らなくてはいけない。いつものように史学準備室でいいか。

 鍵も閉まっていないのに誰にも立ち入られないところ。あの部屋はきっと自分と同じものでできている。ひとつに融け合ってしまったならば、誰にもアルバを見つけられないのだろう。

 少女はランチボックスを片手に歩き出す。廊下をでさざめく人の波に逆行して、古めかしい扉を開けた。窓からの光、そしてそれを遮る影ひとつ。

……影?

 真っ黒な人に正体を質す間すらなく、腹部の衝撃と共にアルバの意識は遠のいた。

 

***

 

 

 よく分かんないけどめっちゃ嫌な予感がする。クレアは走っていた。

 アルバが教室にいない。シオンに告白した日から彼を避けて昼休みはどこかに行っているらしい、まあそれはいいとしよう。問題はシオンもいないことだ。

 親友は今朝から恐ろしいほどに機嫌が良かった。先攻1KILL決める寸前の決闘者の如き目の輝き。サイエンカタパの苦い思い出がこみ上げたがそれどころではない。

 やべえ絶対今日中に何かあると思いクレアも警戒していたものの、一瞬目を離した隙にシオンはどこかに消えてしまった。物凄く濃厚な犯罪の臭いがする。アルバちゃんに何する気なんだシーたんいや聞きたくないけど!

 木製の古いドアが視界を掠める。何がしかを告げる直観。クレアはそれに従い、ノブを思いきり引いた。

 

 室内には、シオンに後ろから圧し掛かられ机に突っ伏すアルバがいた。

 

「うおおおおおおお!?」

「うるせえニフラムニフラム」

 ぶん投げられた映像の世紀DVD版(ケース入り)が喉に突き刺さりクレアの呼吸は一瞬止まる。さっさと消えろ雑魚ってか。

「し、シーたん……お前ついに……

 ヤっちゃったの。ナニを。校内で。クレアは首を押さえたまま後悔の大波に襲われた。間に合わなかったのだろうか。 

 その時、シオンの腕の中でアルバが身じろいだ。

「ん……うぅ……?おわああああああああ!?」

「マホトーン!」

「ぐはぁっ!?」

「それボディーブローって言うんだよシーたん!」

 呻きながら崩れ落ちる少女に駆け寄り、なんとか身柄を確保した。あれ着衣の乱れがない。セーフなの?着エロなの?沈黙(物理)状態のアルバも状況が呑み込めないらしく目を白黒させている。

「くそっ今回は落ちなかったか。肉体の神秘に感謝することです部長さん」

「前回落として何したのシーたん!?」

「身分行為」

 ぴらっ。シオンの右手が机の上から一枚の紙を取り上げた。

 婚姻届。

……は?」

「あと部長さんの旧姓書かせ切ったら完成だったんですけど」

「えええええええ何してんのお前意味分かんないんだけど!?」

「俺にも全く分かんないけど落ち着いてアルバちゃん内臓に響くよ!」

「あと内申にも響きますよ」

「涼しい顔してるけど多分お前の処分一番重いからね!?」

 妻になる人の欄には震える文字で「アルバ・フリュー」までが記入されていた。よく頑張ったリング。というか気絶させた上で手を取って本人に書かせたということなのだろうか。クレアの親友は変なところで律儀だった。

「と、ところでなんで他の欄全部書かれてるの……?証人とか……

「外堀から埋めてみました」

「いい顔で言うのやめて!お願いだから両性の合意に基いて!!」

「俺と部長さんのお母様が合意してますけど」

「本人の意思置き去り!?」

 ほとんど泣いているアルバと花が咲いたような笑顔のシオンをよそに、クレアは半ば戦慄していた。襲うだろうとは思ってたけどまさか先に結婚とは予想の斜め上過ぎた。シーたんちょっと黄色い救急車呼ぼうぜ。拗らせすぎだろマジで。

 一瞬の隙を突き、クレアはシオンの手から婚姻届を奪い去った。しかし親友の左手は既に拳となっており、クレアの顎を容赦なく打ち貫く。届は死守したまま床に倒れ込むと大量の埃が舞い上がった。

「痛ってええぇ……お、俺やったぜアルバちゃん、これをさっさと処分するんだ……

「クレアくん、ボクのために……

「予備いっぱいあるから無駄なんですけどねー」

「ってうわああ何この紙束何センチ厚さあんの!?」

「こんなこともあろうかと役所からあるだけ持ってきました」

「業務妨害だからねそれ!!」

 なんてこった敵の準備が良すぎた。クレアの犠牲は無駄だったらしい。

「も、目的は何なんだよ!ボクの戸籍使って何するつもりなんだお前!」

「まだ分からないんですか頭蓋カラ子が」

……まさか配偶者控除が目当てで?」

「アルバちゃんそれ絶対違うわ」

 状況がエクストリーム過ぎてツッコミのお姉さんが誤作動を起こし始めた。自分が頑張らないと年内に挙式に招待されかねない。クレアは己の双肩にかかる責任の重さに震えた。

……ねえアルバちゃん、シーたんずっと好きな人がいるんだって」

「おいクレア余計なことは、」

「シーたん黙っててまた拗れるんだから。――その人は長いこと傍にいるんだけど、だんだん関係が曖昧になっちゃったんだ。シーたんはそれを何とかしようとして暴走しちゃったの」

「シオンの、好きな人」

「そ。ずーっと一緒にいる人」

「それってもしかして……

 アルバの唇が震えた。ここまで言えばどんな朴念仁でも分かるだろう。クレアさんマジキューピッド。

 

――クレアくんのこと?」

 

「えええええええええええ!?」

 全然分かってないどうしようこの子も頭の病院ルートだ!クレアは倒れたまま悶絶した。そうだこいつ確かシオンとちゅーまでしてんのに何の疑問もなくただの友達と思いこんでるアホだった。何本か螺子外れてるか洗脳されてるかの二択ではないのか。マジやべえ。

 クレアの絶叫が聞こえなかったのか何なのか、頭蓋カラ子は悲しそうな顔のまま何とか微笑みを浮かべて見せた。

……そっかあ。うん、ボク応援するよ。二人が幸せになれるなら偽装結婚くらい」

「未婚者であっても実質的同性婚であるところの普通養子縁組は出来ますよ」

「シーたん突っ込みどころそこじゃないし射殺すような目ぇ向けてくんのやめて!悪いの俺じゃないよね!?」

 死にそう。憎からず思っている少女には涙目で幸せを祈られ、もう一人の幼馴染は黒いオーラを垂れ流しつつ口パクで「コロス」と伝えてくる。何なんだこれ神様俺何かしましたか。 

「い、いやあの、もう一人いるじゃん!ちっちゃい頃から一緒の!」

「まさかルドルフさん……?」

「それ昔君に纏わりついてたロリコンだからね!?」

 言葉が通じない恐怖をクレアは初めて味わっていた。いっそアルバの名前を出せばいいのか、いや間違いなく声帯震える前にシオンに殺される。

「クレアくん、別に隠そうとしなくていいよ。ボク言いふらしたりするつもりないし」

「違うから!ほんとに違うから!」

「この国だと色々大変かもしれないけど負けないでね」

「話聞いてー!」

 突っ込みって大変なんだね。今まで苦労を掛けてごめんでもどうしてこんなになるまで放っておいたんだ。

 その時影がぬらりと揺れた。

……人が黙ってれば好き勝手囀って」

 地獄の底から響くような声がした。血飛沫色の目をしたシオンに表情はない。人を痛めつけることに躊躇いがない人間の顔だった。クレアは死を覚悟する。

「俺に同性愛の気は無いですよ。そこで転がってる馬鹿は知りませんけど」

 ……あれ、これはもしかして助け舟ではないのだろうか。疲弊しきったクレアの目の前にわずかな光が差した。そうだよ俺もホモじゃないじゃん!

「アルバちゃん俺だって女の子大好きだよ!」

「え、でも確か昔『俺幼馴染だけで手いっぱいだし彼女作るの無理かも』って」

 それ確かそこの鬼畜が加減間違って君のこと半泣きにして止めに入った俺がボコボコにされたときのセリフだろうが文脈含めて思い出してくれ。俺の語彙だと説得しきれない物件じゃないのもうやだこの子、涙出てきたし訳分かんないしそうだ物理で行こう!俺天才!!

 追い詰められたクレアはアルバに思いっきり口づけた。

「んぅーー!?んんーーっ!!」

 あー唇柔らかいしいいにおいする。最初からこうすればよかったんじゃないのアルバちゃんちょーかわいー。

 一通り舌を入れて堪能してからぷはっと口を離し、混乱のあまり硬直するアルバに向かって微笑みかける。少女の目から涙が一粒零れた。

「ね!ほらホモじゃないっしょ!」

「遺言はそれでいいのか」

 氷のような声が落ちてきた。

 背後の気配があまりにおぞましかったためクレアは振り向くことすらできない。あーそうだねやらかしたね。目先の危機に踊らされ問題の本質を忘れていると足を掬われるということだね。恐怖で吐きそう。

 ぴらり、と後ろから白い紙が差し出される。死亡届だった。

「し、シーたんなんでこんなもん持ってんの……?」

「こんなこともあろうかと役所から持ってきといたんだよ」

 なんてこった敵の準備が良すぎた。

 黙って震えていたところ、壁に張られていた魔女火刑図と目が合った。今のクレアも多分あんな感じの顔をしているのだろう。

 この世に神も仏もいない。グッバイ俺の青春!

 

 *** 


 

「え……えっシオンちょっやめっ」

「なんです間男を庇うんですか」

「間男?何が?」

「バカオブジイヤーとの対面に感動すらしてますよ俺。そんなんだから気付かぬうちに既婚者になりかけるんです」

「犯人お前!っていうかなんで待ち伏せなんか出来たの」

「だってあなたがここで飯食ってんの知ってましたし」

「えっ嘘いつから」

「初日から」

「マジで!?」

「マジです。あともうなんかめんどくさいんで付き合いましょう俺も好きです」

「マジで!?」  

 

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