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ロスはそれからもちょくちょく姿を見せるようになった。最初の時のように交渉ごとで行き詰ったとき、魔物に襲われてどうしようもなくなったとき、後は野営の見張りのタイミング。設営は絶対手伝ってくれないのがこいつらしいというかなんというか。宿に泊まるときもたまに現れたが、朝には寝ていた痕跡すら残さずどこかに行ってしまっていた。ボクから取り返したスカーフを持ち去って。
彼は今までのようにずっと一緒に居てくれるわけではなかった。本人曰く「えっ何寂しいんですかきっしょく悪ー。さっさと独り立ちさせてあげようっていう俺の心遣いですよ泣きながら受け取ってください」。要するにいない間どこに行ってるかは説明したくないらしい。通訳になれそうだった。
そもそも独り立ちして一体どうしろと言うんだろう。考えすぎて頭が痛くなってきたボクはある夜、焚火の前で干し肉を齧るルキに尋ねてみたことがある。ねえボクたち何のために旅してるんだっけ。それを聞いた幼女は真冬の露出狂にでも向けるような、怯えと驚愕、そして侮蔑さえ入り混じった眼差しをボクに向けてきた。
「アルバさんどうしちゃったの……?あれだけおっきな声で叫んで王様まで殴った癖に忘れちゃったの?」
ロスさんを助けるんでしょう。あの人が笑ってなきゃ意味がないって言ってたじゃない、やっぱりほんとに脳味噌ないの?
旅を再開してからルキの風当たりがきつくなった気がする。可愛らしい年下の女の子に素で引かれるというのはわりと心に来るものだった。
ちなみにボクとルキが助けたかったはずの戦士はすぐ隣でにやにやしながら眺めていた。
これ本当にどんな状況なんだろう。
*
「あーこれかわいい!うさぎさんの歯磨きセットだって」
「前に買ったやつまだ使えるだろう。それにこれ値段の割に磨き粉少ないから買うとしてもばら売りのにしとけ」
「うー……じゃあこのブドウ味の歯磨き粉がいい……」
「口の中甘くして寝るの気持ち悪いんで却下」
「じゃあ二つ買うのは?一応口に入るものだし二人分別々にしておいた方がいいんじゃない?」
「粘り過ぎだろ……分かった分かった、じゃあ大人用と子供用一つずつな」
「やったあ!大好き!」
ロスとルキが楽しげに買い物をする光景を、ボクはまたしてもぽつねんと眺めていた。物凄い疎外感。何気なく手に取った殺虫剤の使用上の注意が滲んで全く読めないのはきっと寝不足のせいだ。涙なんかじゃあない。
ロスを助けるためにロスと旅をする、という奇妙な状況になんとか説明を付けるため、ボクは無い頭をフル稼働させある仮説を捻りだした。
曰く、あいつは幽霊の類であるというもの。
霊感体質(言葉にすると頭悪い感じが半端じゃない)のボクにしか見えていないというのなら、あの晩のルキの態度も説明がつくというものだ。ロス本人に聞くのも憚られたため密かに観察を続け真相を探っていたのだが、その結果がこれ。二人の親密なやり取りを見るに大外れもいいところだったしなんというか凄い辛い。
ロスは以前よりルキに甘い気がするし、ルキに至っては何の躊躇いもなくボクの分の歯磨き粉を省いてくる。お前らそこまで仲良かったっけ?というか、どっちかというとボクの存在感が幽霊みたいになってないかこれ。手首に指を当てたがちゃんと脈はあったのでほっとした。
ふと見ると二人はもう会計を通過していて、薬局の出口にまで至っていた。うわーあからさまに置いていく気だあ。鬼かお前ら。
流石に慌てたボクは小走りで彼らの背を追った。途中うず高く積まれた薬草の束にぶつかりかけたが気にしない。崩れた音しなかったから多分セーフ!
のんびり歩いている二人は、息を切らして駆けてくるボクを気に留めた様子もなかった。
「おいちょっと、」
待てよ、と言いかけたところで右足が何かに引っかかる。ドアレーンだった。
「うわぁっちょっ!」
「は?って何やってんですかあんた!」
バランスを崩したボクはつんのめり、すぐ前に居た戦士の右腕を思わず引っ掴む。
その瞬間、あ、と思った。彼の腕はいつかと同じ筋肉と骨の感触で、いつかと同じ温度があった。
そのまま二人して倒れ込む。どさり、という音がして目の奥に星。
「えええアルバさんどうしちゃったの!?」
後頭部打ったときってどうすればいいんだっけ助けてロスさん!
パニックを起こすルキの目にもちゃんとボクは映っていたらしい。色々とこみ上げるものがあって思わずちょっと泣きそうになった。
*
港町に続く平原を抜けようとしているうちにルキが熱を出してしまった。声がいがらっぽいのが気になってのど飴を渡したりはしたのだが、想像以上に病状は悪かったらしい。
真っ赤な顔で荒い呼吸をする姿は痛々しかった。木陰に寝かせた彼女の汗を拭いつつ、ボクは唇を噛む。どうしてこうなるまで気付いてあげられなかったのだろう。
「ルキ。なんで何も言わなかった」
隣で腕を組むロスは険しい表情をしていた。
「お前が倒れればその分旅程が遅れる。野外で立ち止まれば獣や盗賊に襲われる危険も出てくるし、食料や医薬品の補給もままならない。町を出る前に薬を飲んでいればここまで酷くはならなかったはずだ。お前が妙な遠慮をしたせいで、俺たちは危険に晒されている」
正論ではあったが、あまりにキツい言葉だった。言われたルキは驚いたように目を見開き、唇を小さく震わせた。
「……ごめんなさい」
それだけ言って頭から掛布を被ってしまう。中からはしゃくり上げるような小さな声が聞こえた。
ボクはロスの手を引っ掴んで少し離れたところに連れ出した。あんまりだ。
「あんな言い方はないだろ!?ルキ泣いちゃったじゃないか!」
「あれは賢い子ですからね。ああ言っておけばこれからは無理することもないでしょう」
「……お前」
彼なりの思い遣りだったらしい。……確かに効果は覿面だろう。スパルタ具合と回りくどさが尋常ではなかったので、あとできちんとフォローを入れてやらなければルキが可哀想だったけれど。
一瞬で怒る気を失くしたボクを見て、ロスは「うっわやべえチョロい」とかなんとか呟いていた。こいつが詐欺を始めたら真っ先にカモにされるんだろうなあ。
「ここまで出てきたついでですし、薬草摘んで行きますか」
「えっ……でもルキが心配だし、ボクは先に戻ってるよ」
「病に喘ぐ幼女のもとにあんた送りだしたら俺に幇助犯が成立するじゃないですか」
「正犯行為をしないよ!?」
「ごちゃごちゃ言ってないでさっさと動く。葉の先が二股に分かれた黒い草を見つけてください。この季節なら小さな花がいくつも咲いてるはずです」
ロスはボクの背を押した。解熱剤が欲しいのは事実だったので言われた通り探すことにする。それにしてもこいつは本当に何でも知っているんだなあ、ボクも少し勉強してはいるものの未だに薬草はさっぱりだった。
ものの数分で紫の小花は見つかった。川縁に群生していたそれをあるだけ引き抜き、腕いっぱいに抱えてロスの所に戻る。
「これだけあれば十分かな。根を煎じるんだっけ?」
「大丈夫だと思いますよ。あとこの草皮膚に触れるとめちゃくちゃかぶれるんで頑張って抱きしめといてください」
「だからボクに行かせたんだなお前!?」
剥き出しの腕は既にピリピリし始めていた。安定の鬼畜。
ルキの熱はその日のうちに下がった。