101号室 アンリライアブル・ナレーターは夜に泣く3 忍者ブログ

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アンリライアブル・ナレーターは夜に泣く3


「話でもしましょうか」

 その日は満天の星空だった。黒い世界には雲一つなく、どこまでも澄んだつめたい空気はボクたちと御伽噺の世界を直接に繋いでしまいそうだ。美しい夜だった。そして、少しばかり恐ろしい夜だった。

 その夜の中で、御伽噺の住人は唐突にそう呟いた。

「話、って?一体どんな」

「あなたのしたい話なら何でも」

 ロスの口調からは感情が読めない。だが、いつもとはどこか雰囲気が違うのは確かだった。凪いでいるとでも言えばいいのか。どこか諦観のようなものが滲むそれに、ボクは何故か嫌な感じを覚えてしまった。

 何でも、という言葉にボクの思考はこんがらがってしまう。魔王のこと。クレアシオンのこと。封印のこと、魔界のこと、魔法のこと。聞きたいことが多すぎてどれから話せばいいのか分からない。あーとかうーとか呻いているボクを見てロスは笑い、俺は知ってることしか言いませんよ、と言った。更に訳が分からなくなる。やっと意味ある言葉を発したときには、恐らく数分が経っていた。

「――あの、助けてくれてありがとう」

「……つまんないこと言うもんですね。さっさと核心に切り込んで来たらどうなんですこのヘタレ」

「ひっど!核心も何もまず言わなきゃいけないのってこれだろ!」

「人生の残り時間ってのはいつかゼロになるもんなんですよ。寄り道してる暇なんてありません」

「残り時間、か……」

 戦士としての彼は、クレアシオンにとっては残り時間に過ぎないものだったのだろうか。もしそうだったとしても、ロスは幸福だったのだと思いたかった。

 だって彼は笑っていたではないか。美しい風景を見て、美味しいものを食べて、様々な人と出会って。あの旅には寄り道以上の意味があったのだと信じたかった。――そのしあわせな残り時間も、ボクのせいでゼロになってしまったのだけれど。

 居たたまれなくなったボクは立ち上がり、夢の中で遊んでいるルキを起こさないよう気を配りつつ水筒とコップ二つを手に取る。戻ってから水を注いで勧めると、どうも、と言って彼は素直に受け取った。

「魔王の封印は、どうなってるの」

 一番気になっているのはそれだった。ロスが、クレアシオンがこうして外をふらふらしているのなら、封印は解けているのではないだろうか。そうだとしたらボクの旅の目的の半分は果たされていることになる。もう半分――彼を犠牲にすることなく魔王を倒す、と言うことに関してまるで策が無いのは問題だったけれど。

 ロスは一口水を含んだ。

「そのまんまでしょうね」

「そのまんま、って」

「ルキメデスとクレアシオンは一緒になって封印されたままだろうってことです」

「……そっか」

 ボクは溜息を吐いた。

 断定を避ける口調。やはりこのロスは本人ではなく、彼の魔法か何かなのだろう。消えてしまう寸前にボクに残した置き土産。あの時落として行った彼のスカーフを着けて、こうして一緒に旅してくれている。魔族のルキはきっとそれを理解しているのだ。

 とても優しい人だった。あの言葉だけでよかった、あれだけあればボクはいつまでだってお前を追っていられたのに。

 ここにいるロスの存在はいつだって自分の弱さを痛感させる。ボクはロスがいなければ何もできない。再び旅に出て2か月も過ぎたけれど、ボクは何一つ変わらないへっぽこ勇者のままだった。

 辛い。情けない。でもそれ以上に馬鹿みたいに幸せだった。彼がボクの為に何かを残してくれたこと、突き放さないでいてくれたこと。そして何よりこのロスと一緒に居られるのは言葉に出来ないほどの喜びだった。彼はボクの戦士そのままだった。

 ロスはボクに世界を見せてくれた人だ。ボクを教え、ボクを導き、ボクを守って、そしてボクに命をくれた。彼のお蔭でボクは今こうしてここに居る。理不尽の中に垣間見える思い遣りが嬉しかった。魔物を睨みつける赤い目に見惚れた。時折覗く年相応の言動に何故かはっとさせられた。彼が笑っているのが好きだった。口に出したら馬鹿にされそうなやわやわとした感情は澱のように降り積もり、今でもこの胸の中心に蟠っている。他の誰にも抱いたことのない温かな思い。

 ボクはきっと、彼の友達になりたかったのだろう。

 封印の中のロスを助け出さなくてはいけない。でも、このロスがいればきっと大丈夫だ。彼がいれば、彼が笑っていれば、何とかなる気がする。

 ごちゃごちゃ考えているうちに、頭に薄ぼんやりとした靄がかかってきた。久しく感じていなかったほどの強い眠気に目が霞む。他にも聞きたいことはあったというのに、もう、思考がまとまらない。

「ご、めん……もう限界、悪いけど見張りあとお願い……」

 それだけ言い残してボクは毛布に潜り込む。嫌味や物理が飛んでくるかと思ったけれどそれはなく、わかりました、という言葉が落ちてくる。何故か頭を撫でられた。

 不思議に思ったボクは最後の力で彼を見た。ロスは色んなものが絡まったような複雑な色の目をしていた。

 後で思い返せば、あれはきっと哀れみだったのだろう。

 

 ボクが目を覚ました時には彼の姿は既になく、白んできた空の下には割れたコップが残されていた。

 それからロスは現れなくなった。

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