101号室 猫まっしぐらに借りていく 忍者ブログ

101号室

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猫まっしぐらに借りていく


「耳垢が湿っている体質のことを猫耳と呼ぶらしい。対義語は粉耳だな。市販の耳かきでは掃除しにくく耳垢がたまりがちなこと、湿り気の為に臭いやすく不潔になりやすいこと等から定期的に耳鼻科を受診することが望ましいとされている」

「内心の動揺をおくびにも出さず流れるような健康豆知識なんて流石だよシオンさん!」

「日ごろからシミュレーションだけは完璧だったもんな!」

「そういうのどうでもいいからとにかく助けてー!!」

 勇者の頭には一対の猫の耳が揺れていた。

 

*

 

「うっわ動いてるしスゲーなこれ。触られた感触とかあんの?」

「はい。でもくすぐったいんでぺたぺたするのやめてくださいクレアさん……

 クレアが伸ばした手を避けるように猫耳はあちらへ動きこちらへ動き、真上から攻めれば押しつぶされたようにぺたりと伏せられる。アルバの髪と同じ茶色のそれは、しかし伏せられてもなお柔らかな毛によって存在を主張し続けていた。

 じゃれあう二人を傍目に見つつルキとシオンは顔を寄せた。

「シオンさん一体どういうことなの?カテキョの最中に何かあった?」

「ちょっと難しいことやらせてみたら何の捻りもなく失敗した」

「なるほどね!恋に狂った男がついに外法に手を出したのかと思ってちょっと焦っちゃった!」

 相手は幼女。相手は幼女。相手は幼女。シオンは心の中で呪文を唱える。そうでもしないと握った拳が暴走しそうだった。

……迷彩魔法の初歩だったんだよ。薄い魔力の膜を纏って光の屈折率変えて一時的に姿を消すって言うやつ。本人のうっすい存在感のお蔭か最初はそれなりにうまくやってたんだが、途中で現れた闖入者のせいで集中乱れてどっかーん」

「あ、もしかしてそれが猫さんだったり?」

「いや宅急便」

「え?」

「『こんちはークロネコヤトですアバラボキボキアバラマンさんの……お宅?ですかーお荷物お届けに参りましたのでハンコかサインお願いしますー』と」

「そ、そっか会社名かあ……。ってことはもし別の業者だったら」

「プリケツ飛脚になってたかもな」

「色んな意味でおしまいだね!」

 勇者アルバ(チョンマゲ赤フン)。子どもの夢がボッキボキだった。

 

*

 

「シーたんなんとかなんねーの?音とかも猫の方の耳で聞こえるみたいだしアルバくん結構可哀想」

「あと羞恥で死にそうだよ……

「可哀想なのも恥ずかしい人間なのも今に始まったことじゃないでしょうが」

「あっ確かに」

「納得された!?」

「アルバさんうちの妹の帽子貸そうか?涎でベットベトだけど」

「乳児のお下がりはやめて!」

 アルバが喚くのに合わせて猫耳はぴこぴこ動いていた。クレアはシオンの顔を盗み見る。恐ろしいまでの無表情だった。何を押さえつけてるんだこえーよシーたん。

 舌打ち一つしてから、表情筋アイドリングストップ中のシオンが口を開いた。

……ほっとけばそのうち解けるんじゃないのか。痛みも虚脱感もないなら急いで何とかする必要もないだろ」

「うううお前マジで助けてくれる気ないよな……さっきだってそのまま帰る気満々だったし」

「いやクソ滑稽なんで治んなかったら毎月の目の保養になるじゃないですかぷぷー」

「真顔で笑い声だけ出さないで!凄い怖いから!」

「シュレディンガーの猫ごっことか興味ありません?」

「ボクの生死を重ね合わせてどうするつもりだお前!?」

 アルバの耳を引っ張るシオンからは何の切迫感も伝わってこない。いつもより家庭教師の終わりが遅いことが気にかかりクレアとルキが見に行くまで外部に助けを求める様子がなかったことも合わせて考えると、クレアの中で一つの答えが出てしまった。

……なあルキちゃん、シーたんマジでこのままにしとくつもりっぽいんだけど」

「萌えアイテム装備に加え他人との面会を自発的に避けるようになるからね。囲い込み系ガイキチさんとしては願ったり叶ったりじゃないかな」

「うわあ我が親友ながら恐ろしいわー。どこで道間違ったんだろ」

「うるせえぞ外野」

 『サルでも分かる魔力制御』という分厚い本がクレアの鼻先を掠めて壁に刺さる。分からなかったヒトがネコになったのはどうすればいいのだろうか。

 内野ことシオンの注意が逸れた隙にアルバは拘束を抜け出し、半泣きで幼女に縋りついた。

「ねえルキ!ゲートで誰か、誰か何とかできそうな人連れてきて!」

「何とかできそうな人……うーん、パパとか?」

「そうだあの人ならきっと!」

「極大呪文で猫耳を焼き払ってくれるね!」

「生やしてるボクも消し炭になるよねそれ!?」

「あーじゃあ魂の魔法使いさんは?俺のこと助けてくれたっていう」

「それだ、トイフェルさんならよく分かんない凄い感じの理屈で何とかしてくれる気がする!」

「多分新卒の初任給ぐらいの金額請求されますけどね」

「うわあ考えたくない……

「トイチでいいなら魔王城から援助するよ!」

「それ援助じゃなくて搾取って言わない?」

「他にお金貸してくれるお友達いるなら別にいいけど」

「お願いします魔王様」

 交渉が成立した。

「じゃあちょっと待っててね。場所ってお城でいいんだよね?」

 ルキがゲートを開け上半身だけを人間界に出す。相手が魔族なのでそのままこちらに引っ張り込むつもりらしい。

「あっ見つけた!でも寝てるー。ねえトイフェルさん起きてーまだお昼だよーねえ起きてってばおいコラ削ぐぞ」

「はひゅっ!?」

「そいやっさ!」

「うええええ!?」

 悲鳴と共にナイトキャップパジャマ抱き枕装備の執事長(寝起き)が力技で転送されてきた。クレアは硬直したままのトイフェルに駆け寄り、肩に手を置き目を合わせて話しかける。恩人との再会である。

「こんちはー!この前はお世話になったみたいでありがとーございました!」

「あっ……はいいえその、どぅふ……

「アルバくんがちょっと大変なことなっちゃったんで助けてもらえませんか?寝てたところ悪いんだけど!このとーり!」

「はひ…………こひゅ、こひゅー……

 どさっ。

 トイフェルは白目を剥いて倒れ、動かなくなった。

……さよならクレア次は法廷だな」

「えっ嘘俺首とか絞めてないよ!?」

「なんか執事長さんすっごいハアハアしてるよ?興奮したの?」

「対人ストレスで過換気起こした!?トイフェルさん深呼吸!深呼吸してー!」

 

*

 

「一命は取り留めたけどあれじゃ使い物にならないな」

「クレアさんの強すぎるコミュニケーション能力がトイフェルさんを内側から破壊してしまったんだね」

「一瞬見えた希望がぁ……

 トイフェルはアルバのベッドに寝かされていた。意識は戻っているのだが怯えて布団を被ったまま出てこない。話しかけられても一切返事を返さない様はまるで乱暴された生娘だった。

「どうしようボクこのままなの?このままたまに訪れる観光客に写真撮られたりお土産のパッケージになったりしなきゃいけないの?珍獣じゃん!」

「今でも扱いがパンダと同じって言っていいのかな……

「今でも扱いがパンダと同じですよ勇者さん!」

「うっわでけえ声で言ったぞこの大人!」

……言われてみれば」

「あっれえアルバくん!?」

 実害ない訳だしもういいかなー。アルバは遠い目をしてひとり頷いていた。この子の許容範囲は膨張宇宙か何かなのだろうか。相変わらず表情のないシオンと何故か楽しそうなルキを視界に捉え、クレアはひとり謎の使命感に駆られていた。このままだとアルバくん間違いなく食われる。どうしよう。

「あ、アルバくんあれだ、そのままだと彼女できないよ!自分より可愛い彼氏とか嫌だろうし!」

「あの人さりげなくアルバさんのこと可愛いって言ってるよシオンさん」

「うわー殺意覚えるレベルのドン引き」

「悪意ある幼女は黙ってて!あと殺さないでシーたん!」

「いやボクのこと好きになってくれる子とか元々……

「ばかやろー!」

 クレアはアルバに思い切り頭突きをした。自分のダメージもそれなりだったが仕方ない。不意打ちを食らった形のアルバはぺたりと座り込み、額を押さえたまま瞠目していた。

「そう卑屈になんなよ!もしも君のこと好きな人がそんな発言聞いたとしたらきっと悲しむだろ?諦めないで道を探そうぜ!」

 嘘です。君のこと好きな人は内心の邪悪な歓喜を必死で押し殺しつつすぐそこに立ってます。あと表面上は心配してる幼女も割と怪しいです。しかし何事にも方便は必要だった。

「俺も協力するよ。な、顔を上げるんだアルバくん!」

「クレアさん……!」

「だって勇者はみんなの希望なんだからさ!」

「ひぐっ!?」

 アルバは何故か呻いて動かなくなった。

 

*

 

「シオンさんあれ結局どうするの?本人結構嫌そうだけど治してあげないの?」

「アホが何考えてあんなアホな失敗したかは分からんからな。正直治しようがない」

「ちなみにメカニズム分かってたらどうしたの」

「尻尾も生やしてた」

「いっそ清々しいね!この変態!」

「屈辱に歪む勇者さんの顔を見るためなら罵倒だって甘んじて受けてやるさ。幸いストレス発散用の肉人形はすぐそこにある」

「永久機関みたいだね……あっ、でもこれからはどのアバラもそう簡単には折れなくなるよ」

「は?」

「うちで飼おうと思って!妹のジョーソーキョーイクにペット欲しいねってパパとママも言ってたし」

「魔王の娘を勇者にでもする気か?他のナマモノにしとけよ」

「一からトイレトレーニングとか吠え癖噛み癖のしつけとか難しそうだし何より魔王の一門に惰弱な愛玩動物など不用」

「誰だお前」

「それに猫さんって食べれないもの多いんだよ!玉ねぎ食べたら中毒になるしチョコで不整脈出るし塩分にも気を使ってあげなきゃだし、魔王城できちんと見ててあげた方いいよね」

「過保護すぎだろ。頭蓋に夢しか詰まってないとは言え元人類なんだから自分の食べるものくらい管理できる」

「その心は?」

「俺が管理する」

「ほんとぶれないよねー。大量の宿題に加えて食事の管理までされたらアルバさんのフリータイム寝てるときくらいしかなくなっちゃう」

「飼い殺しにされるよりはマシだろうが」

「少なくともうちには陰湿な愛情表現してくる野郎はいないよ!のびのびとした環境の中で私のお婿さんになる以外の選択肢を取りあげるだけだもん」

「一応聞いておく。お前は俺の敵か?」

「違うよ。シオンさん如きが私の敵になれる訳ないじゃない」

 シオンが短刀を取り出し、ルキはゲートを開いた。

 

*

 

「あの二人何の話してるんですかねー。仲良いなあ」

「え……なんかめっちゃ殺伐としてるっていうかそろそろ命の取り合い始まりそうじゃね?」

 魔王と元勇者が割とアレなやり取りをしている時、アルバとクレアは少々離れたところからそれを眺めていた。思いっきり引っ張ったりもう一回同じ魔法を使ったりと考えられることは全て試したが効果はなく、猫耳は先ほどまでと同様にアルバの頭頂にくっついている。変わったことと言えばアルバの頭の形くらいだった。

「うえええたんこぶめっちゃ痛い……クレアさん思いっきり殴り過ぎですよ」

「あーほんとごめん!お詫びに甘いもんあげる」

「やったあ!ありがとうございます」

 

*

 

「手心はないぞ魔王」

「精々足掻いて見せてね人間」

「あれこれビターですか?結構苦いなあ」

「ミルクチョコを御所望とはアルバくんもまだまだお子ちゃまだな!」

「ん?」

「ん?」

 全面抗争寸前の二人が視線を向けると、アルバが禁忌食品を頬張っていた。

 

 ***

  

「よし!吐かせるぞ!」

「シーたん顔!千年アイテムに乗っ取られたみたいな顔になってる!」

「んごうふっ、んあっ、うぐんぐっ!ひおんひゃめぇ、っ!」

「ははははははははははは何言ってるか全っ然分かんないですよ勇者さん」

「洗面器、洗面器探さないと!」

「ヤトのダン箱の中に青いの入ってる」

「おおあったー……っていうか何これお泊りセット!?シーたん送ったのこれ!?」

「寝てるときすらフリーじゃなくするつもりだったんだ……

「んぐぅー!」

 

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