101号室 ラブストーリーを殺しに 忍者ブログ

101号室

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ラブストーリーを殺しに


 初恋というもの。それが恋だと信じながら飛び降りて、結局は勘違いだったというのはよく聞くお話だ。確かにそれがそうであったとしても叶わないということも大いにありうるし、二度目三度目と回数を重ねて初めて何ものであったのか定義できる、というのも真理なのだと思う。要するにそれは後ろを振り返って名付けるものなのだろう。甘酸っぱかったり苦じょっぱかったりする胸中を持て余しながら乾き始めた屍を撫でる類の思い出。

 それならば、アルバの初恋は不可能性の中で目を見開いたまま溺れ続けている。

 

*

 

 また白い腕が生えている。

 今度は目の前の崖の天辺でおいでおいでをするようにゆらゆらと揺れているけれど、翼も舞空術の心得もないアルバは当然そんなところには辿りつけない。むっとしながら睨みつけても、腕は何も変わらずそこにあって、嘲笑うようにこちらを見ていた。

「ルキちょっと待ってて」

「どうしたの?」

「崖登ってくる」

「……え?」

 唖然とするルキを尻目にアルバは駆け出した。来た道を引き換えし迷いながらもなんとか抜け出した森に再度突っ込み上り勾配になっている方向にひたすら進んでいると、恐らく一時間かそこらで目指す場所まで辿りついた。しかしながらロスの腕はもうとっくに消え去っていて、今度は眼下の荒野で不安げにうずくまる少女の脇に現れた。

「あーもう!畜生が!!」

 なんでいつもこうなんだ!探せば消え追えば逃げ手を伸ばしても届かずそのくせいつもどこか遠くに生えて馬鹿にするようにひらひらしている。まるでどっかの誰かみたいだ。ふざけやがって。ふざけやがって!

 怒りにまかせて崖から飛び降りる。抜き放った剣を急な斜面に突き立てて勢いを殺しながら足を踏ん張った。ががががが、と固い土の壁を抉る凄い音がして砂っぽい埃がたくさん舞い上がって、割といけそうな感じにスピードは落ちていて、けれど気を抜いた瞬間に出っ張ったものに躓いてすっ転んだ。思いっきり脇腹を打ち付けてごろごろとまくれながら苔も生えない石のように落下していくと、進行方向に尖った岩が見えた気がした。あっこれ死んだわ。観念して心の中で十字を切ると、衝撃より先に視界が真っ暗になって、それからまた明るくなった。

「アルバさん何してるの!?馬鹿なの?なんで突然自殺しようとしてるのほんとに馬鹿なの!?」

「いやごめん、別に死のうとしてないけど……」

「じゃあ飛び降りないで!あんなこと二度としないって約束してよ!」

 ゲートでアルバの窮地を救った魔王は、ほとんど泣きながら叫んでいた。ぽかぽかと殴る拳が罅の入ったアバラに当たって痛かったけれど、甘んじて受けることにする。約束なんて出来ないし、むしろこれからも確実に飛び降りたり突っ込んでいったりぶっ飛ばされたりするだろう。だって腕が生えているのだから。

 謝罪しつつルキを宥め、その間にもアルバは腕の行方を探す。今度は遥か彼方に見える街の影ににょっきり突き出て人を馬鹿にしたブイサインを作っていた。

 

*

 

 斬りつける。斬りつける。躱して回り込んで斬りつける。目の前のグリズリーではなくてその喉元に生えたロスの腕に向かって。ただ込み上げる感情に突き動かされるまま睨みつけて剣を振るい続ける。追っても追っても辿りつけず黙ってアルバを眺めているあの白い腕を斬り落とすために。魔物の前足が頬を掠め痛みの後に温い感触が伝う。知るか!

 肩が外れるのではないかという勢いで入れた一撃が敵の喉を深々と切り裂き、噴水のように噴き出した返り血がアルバの顔を体を染めていく。ぱっくり空いた二つ目の口から空気を漏らしながらも辛うじて断末魔を上げ、グリズリーは地に倒れ伏した。腕は案の定消えていた。

 不安げな顔をしたルキが駆け寄ってきて、アルバの手当てをしようとする。怒りの表情に固まった顔の筋肉を何とか微笑みの形に変えて、大丈夫だよ、とだけ答えた。討伐依頼は達成したが根本的なクエストは全く進んでいない。こんなところでゆっくりしている暇はなかった。

 まだ日は高い。とぼとぼと帰りの街道を歩いていると、ルキがぽつりと呟いた。

「……ねえアルバさん、あの町には多分目ぼしい情報はないと思う。調べものとかしないで休んじゃってもいいんじゃないかな」

「でも万が一ってこともあるしね。図書館はボクが行くからルキは宿にいていいよ」

 どうせ腕が生えているのだ。大学の紹介状がないと入れないような閉架書庫の奥あたりに。お陰様で不法侵入の手際がどんどん良くなっている。勇者なのに。

 ああでも、とアルバは思う。別に自分は世界を救うためにこんなことしているわけではないから別にいいのか。友達を助けるためというのが本音の表面。アルバは初恋をきちんと殺してやらなければいけなくて、だから王様を殴ったり崖を登ったり飛び降りたり魔物をがむしゃらにぶち殺したり期待値の低い情報のために法を犯したり魔王を復活させようとしたりしている。これは非常に重要かつ個人的な問題で、世界だのなんだのという吹けば飛ぶような妄想は二の次三の次でしかない。

 腕が必要なのだ。アルバの腕だけでは足りない、もう一人の白い手が。二人分そろって初めてこの黒々とした初恋を絞め殺し、不透明な水中から引きずり出して抱きしめてやることができる。そのためにアルバはロスの腕を叩き斬ろうと足掻き続けているけれど、ご覧の通り失敗続きだった。

 ルキに知られないように俯きながら、アルバは思い切り唇を噛んだ。

 知っていたくせに。自分の気持ちを知っていたのに見なかったことにして応えも捨ても逃げもしないで、その上引導を渡すこともせずに勝手に救いあげて消えやがって。あの時のことを思い出す度、怒りのあまり涙が出そうになる。もっと美しくて平凡で温かいものになるはずだった初恋は、どこかの馬鹿野郎のせいで水死体より醜く膨れ上がって、しかも死ぬことすらできないでもがき苦しみ続けていた。絶対に許してやらないから絶対に見つけ出して許してやらなくてはいけない。本人にも自分にすらもそうと気付かれないようにして。

 名すら告げる気のなかったあの男の生の欠片をひとつ残らず集めきって日の下に引きずり出して、あの憎くて仕方ないうつくしい白い手をもぎ取ってこの魂の一番やわらかいところを握りつぶして、それからただの唯一無二の友達みたいな顔して笑いかけてやると決めている。そのためなら何度血反吐を吐こうが何十年何百年かかろうがたとえ人間をやめることになろうが知ったことではない。

 死にぞこなった可哀想なアルバをきちんと締め殺してあげたかった。全て徹底的に完璧にひとかけらも残さずまるで最初から何もなかったように殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺してやらなくてはいけなかった。

 アルバは未だにロスが好きだった。

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