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寝苦しくて目を開けたら腹の上にアルバが乗っかっていた。意味が分からなかったのでとりあえず首に手刀を入れたところ、彼は呻きながら崩れ落ちてベッドサイドのキャビネットに激突した。その衝撃で木製の棚は激しく揺さぶられ、引き出しとその中のものが床の上に散乱する。アルバはしばらく蹲っていたが、やがてもぞもぞと身じろぎを始めた。シオンはその脇腹に蹴りを入れた。少年は悶絶した。
「何してんですかクソ野郎。オレ鍵かけて寝たはずなんですけど」
「第一声それ!?折角会いに来てやったって言うのに!」
きゃんきゃん喚く声を聞きながら枕元のランプを灯したシオンは、自分の表情筋が一瞬で死ぬのを感じた。
「……仮装大賞はよそでやれよ愚図」
今なら視線だけで大抵のものを殺せる気がした。彼の目の前のアルバっぽい何かもその範疇に含まれていたようで、少年は真っ青な顔をして息を飲んだ。
「正当防衛に託けて天国見える直前くらいまで痛めつけた上で通報するから楽しみにしとけ。娑婆の空気の吸い納めだぞほーら深呼吸」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「そのツラで泣くな。誰なんだよお前」
「なんでバレたの……」
必至に涙を拭う子どもにシオンは舌打ちをした。ふざけんな腐れ脳味噌が歳も雰囲気もカラーリングも全部違うわ。揺らめく灯に照らされた少年は紫がかった桃色の髪とまものの赤い目を持っていて、本物の彼より少しばかり幼かった。
己の身をしっかと抱きしめ、ボロボロのアルバもどきは自己紹介を始めた。その声は激しく震えていた。
「えっと、あの、ボクあれです。悪魔です」
シオンは助走をつけて殴った。
*
「二百年ちょい生きてるけどこんな酷い目にあったのは初めてだわ……」
「よかったなここから転落が始まるぞ」
「何を祝ったの!?」
偽者の癖に突っ込みスキルがアクティブなのがまたシオンの気に障った。大荷物は隣の部屋で寝ているクレアが保管しているので、彼の手元には着替えと財布くらいしかない。小銭で出来る一番効果的な拷問ってなんだろう。シオンが思索を始めると、その沈黙に不穏なものを感じ取ったのか、自称悪魔が慌てて口を開いた。
「あ、あの!何か願い事はないかな?何でも聞いてあげるよ!」
「お前を消す方法」
「すみませんそれ以外でお願いします」
「どうせ叶えたら魂持ってくとかそういうオチだろ」
シオンが投げ遣りに言うと、悪魔はピンクの頭を抱えて口ごもった。図星だったらしい。びっくりするほど分かりやすかった。
「お前に誑かされてくれる人間なんているのか?」
「うぐぐ蔑んだ目で見やがってえ……今日だって既に一人落としてきてるんだからな!」
「どこの馬鹿だよ」
「目の前のさ」
「は?」
真紅の瞳を揺らし、化物はにやりと笑った。その唇から覗く犬歯は鋭く尖っていた。
「お前の大事なアルバ・フリューリングだよ」
得意げな悪魔の顔を眺めながら、シオンは数回瞬きをした。おまえのだいじなアルバ・フリューリング。悪魔の言う名前と自分の考える人間が一致するかどうか何度も確認し、それからシオンは思いっきり噴き出した。
「えええ何が面白いの!?魂売ったって聞いて爆笑とかお前が悪魔!?」
「いやあすぐバレる嘘をドヤ顔で宣うアホとか存在がギャグだし」
「は!?」
先ほどまでの無表情の揺り返しが来たかのようにシオンは笑い続けていた。馬鹿じゃねーのこいつ。
「それが本当ならオレが生きてるわけないだろ」
「ごめん意味わかんないんだけど」
「あの人の心臓が止まったらオレのも止まるように魔法をかけてある」
悪魔は呆気にとられた顔をした。えーと、あー、と視線を彷徨わせ、躊躇いがちに口を開く。「否定してくれ」とでかでかと顔に書きながら。
「それって、何?あの、心中する気とか?」
「うん」
「――うっわあああ気持ち悪っ!お前ら二人とも頭おかしいよお似合いだわ!!」
アルバの姿をした悪魔は思い切り後ずさった。背が壁に当たる。その衝撃にすら恐怖を感じたかのように、彼は身を縮こまらせた。一方のシオンは、少年の発言に微かな違和感を覚えていた。二人とも?
「あの人に会ったのは本当なのか?」
「ていうか契約したのも本当だって。……願いの内容がアレだからまだ魂貰えてないんだけど」
「何と言ったんだ」
シオンは悪魔との距離を詰めていく。追い詰められた悪魔は激しく視線を彷徨わせたが、逃げ場がないことを悟ると何故か十字を切り始めた。お前は自分を何だと思っているんだ。
「答えろよ。あの人は何を願ったかと聞いている」
シオンと悪魔は殆ど鼻先が触れ合う程の距離まで接近していた。彼が音を立てて壁に手を付くと、少年は涙を浮かべて息を飲んだ。ふたりの間には頭一つ分程の身長差があり、そのために悪魔はシオンに覆いかぶさられるような形になる。同じ色の瞳に互いが映りこむ。
悪魔は殆ど過換気を起こしていた。この人間はヤバい。目に全く光がない。彼は契約を持ちかける相手を間違えたことを痛感していた。
「お、お前より」
「オレより?」
「お前より、一日だけ長く生きられますように、って」
「……へーえ」
そう言って、シオンは悪魔の鳩尾に拳を突っ込んだ。悪魔は潰れた蛙のような声を上げながら崩れ落ちる。勝手に上がっていく口角を見られるわけにはにはいかなかったので、適当に蹴って壁を向けて転がした。すすり泣きが聞こえた。
「トレンディドラマと心中野郎のコンボとか……ホラーかよ……」
「夏だ。諦めろ」
「こっち殺せば向こうの魂も回収できると思ったのに!ついでにお前のこと寝取ってやろうとあいつに化けるまでしたってのにとんだ大誤算だわもうやだおうち帰る」
「……寝取る?何言ってんだお前」
「え?いや誤解だろうがなんだろうが恋人奪われたらアルバもべそかくくらいはするかなーって」
「恋人って、誰が誰の」
悪魔は寝返りを打つようにしてシオンの方を向いた。無表情を取り繕いながらも機嫌がよさそうな青年に、アルバの姿をした少年は信じられないものを見るような視線を向ける。涙は止まっていたが、代わりに赤い目の中には怯えと、それから何故か憐れみのようなものがあった。
「……分からないものだなあ」
ぽつりと落とされた言葉は何故かシオンの神経を激しく逆撫でした。床に落ちていた聖書を投げつけると、悪魔は尾を引く悲鳴を上げた。