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(elona / ロミアスとヴェセル)
*
「……これは懐かしい顔を見た」
路地裏で出会った男は感慨深げにそう言った。ヴェセルは恐らく彼を知っているのだが、宙に揺蕩う意識には記憶の糸を手繰るほどの力はない。聞こえていない振りをしていればいずれ立ち去るのではと思ったものの、物事は得てして期待通りにならないものだ。
「薬に溺れ返答も覚束ないか。それにその窶れ具合、夜歩く幽鬼そのものだな。ラーネイレには耳触りのいい言葉を投げていた癖に所詮は口だけということか」
嫌味がましい言葉の中で一つの名前が突き刺さる。ラーネイレ。もう一度視線を向けると、男の顔がやっと像を結んだ。緑髪に青い目、薄い唇、神経質そうな眉、それにエレア特有の尖った耳。エリシェに似た彼女の隣にいた男。
「異形の森の……」
「ロミアス。白き鷹の記憶に留めて頂いていたとは光栄の極みだ」
緑髪のエレアは端正な造りの貌を皮肉気に歪める。かつて護衛の依頼を受けたときにも扱いづらい男だと思ったものだが、流れた時間も起きた事件も彼の本質を変えはしなかったらしい。今のヴェセルにとって一番会いたくない相手だった。
嫌悪感を抱いているわけではない。とことん捻くれてはいるものの嘘を吐かない男であるのは確かだし、世間に対する冷淡な諦観にはある種の共感すら覚える。だが、この異形の森の使者が呼び起こす旅と炎の記憶はあまりにも痛みに満ちていた。
美しい青いエレアは死んだ。燃え上る森は一掴みの灰すら遺してはくれず、彼女の全ては空に舞い上がり消えた。ヴェセルが垣間見た希望と共に。
「お前ももう長くはないのだろうが、そちらの方が幸せかもしれないな。世界の在り様は日毎に醜悪さを増している」
そう言って髪をかきあげたエレアの手は白いものが巻かれていた。首から十の指先に至るまで全てを覆い尽くす包帯。――そうだ、この男は。
「火傷の治療はしていないのか」
あの悲劇の日、ラーネイレを追って彼もまた森に消えた。その時見たものをロミアスは語らない。ただ、彼の腕が燃え盛る大樹を動かすには非力すぎたということだけはヴェセルにも理解できていた。
ヴェセルの呟きに対してロミアスは吐き捨てるように応えを返す。その口からはおそらくクラムベリーのにおいはしないのだろう。
「もう弓を握る必要がなくなったものでね。ヴィンデールが焼け落ちた以上伝令もお役御免と言うわけだ。久しく忘れていた平穏な日常を謳歌しているよ」
「……哀れなものだな」
「お前がそれを言うのか」
死にぞこないのエレアは嗤った。
持ち前の潔癖さのために薬に逃げることも自死することも選べない。ヴェセルは何故か彼に手を伸べてやりたい衝動を覚えた。自らに残された永い命を、この男はどう呪うのだろうか。
「……好きに腐り好きに滅ぶがいい。ロスリアもメシェーラもイルヴァの行く末も私の知ったことではない」
地に堕ちた鷹と焼け出された梟は同じ目をしている。彼らは互いに気付いていたが、あえて何も言うことはしなかった。