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魔族や魔物と戦い続ける過酷な旅の末、クレアシオンはついに魔王の本拠地まで辿りついた。気まぐれかつ逃げ足の速いルキメデスがまた姿を眩ます前に決着を付けなくてはならない。限界を訴える体に鞭打って勇者は一歩踏み出した。いざ、魔王城へ。
極彩色と禍々しい意匠で飾り立てられた巨大な建造物は見る者全てに強烈な印象を与える代物だった。遠近感すら歪む城にはどれほどおぞましい魔法がかけられているのだろうか。クレアシオンは警戒を強める。
が。
「……ふざけてんのかこれ」
接近するにつれ建物の立体感はどんどん狂っていったが門扉の前に立つと違和感の正体ははっきりした。城は段ボールに描かれた張りぼてだった。
クレアシオンが段ボールの端の方を全力で蹴ると学芸会の舞台背景みたいなそれは彼方に吹っ飛び、中からは簡素な掘っ立て小屋が出現する。予算の使い方が凄くおかしい。
張りぼてと一緒に飛んで行った緊張感は戻ってくる気配がなかったが、クレアシオンはとりあえずイベントを進めることにした。このまま小屋ごと火にくべてやってもいいがダミーとかだと面倒くさいので一応中を確認してからにしよう。
妙なところで律儀な勇者様がノックすると小屋の中から「はーい」という応えがあり、数拍の後に鍵の開く音がした。
「どちら様ですかー新聞なら間にあうごぼおぉおっ!?」
「はっ!一応身元確認ぐらいはするつもりだったのに顔を見た瞬間反射的にボディーブローを決めてしまっただと……!?まさかお前俺に魔法を」
「かけてるわけないだろ……ううう絶対アバラ逝ったよこれ……」
現れたのは、栗色の髪に赤と黒の瞳を持つ少年だった。なかなか愛嬌のある顔だちはクレアシオンと同じくらいの年ごろに見える。しかし勇者の必殺の一撃を受けても立ち上がる頑丈さ、そして何より彼から溢れ出し渦を巻く膨大な魔力がこの少年が人間でないことを雄弁に語っていた。魔族。おそらくルキメデスお手製の第一世代だろう。
「……ってお前クレアシオン!?何故ここが」
「クソでけえ張りぼて目指して真っ直ぐ歩いてきた」
「嘘だろ昨日寝る前きちんと外したのに!?いつ設置し直したんだ!?」
ルキメデスの配下にも神経まともなのはいたらしい。頭を抱えて焦るその姿は、クレアシオンの疲れた心をちょっと名状しがたい感じでつつくものだった。なんだろうこれ。
「……大人しくしていればお前は見逃してやってもいい。魔王はどこだ」
「はい」
「あ?」
「ボク魔王です」
クレアシオンは思わず上段回し蹴りを放った。
「あが……が……すみません言いたいことあるならまず口でお願い……」
「頸動脈を噛みちぎってほしいと」
「どうしてそうまで頑なに話し合いを厭うの!?」
「痛みに歪むお前の顔を見てるとなんかゾクゾクしてくるからつい」
「やばい生粋のサドだこの人」
くずおれた状態のまま怯えた表情を向けてくる少年にクレアシオンはイライラした。涙目プラス上目遣いとかあざといんだよクソが。あれイライラ?ムラムラ?え?
「何者なんだよお前。ルキメデスはどうしたんだ?」
「えーっとボクはアルバ、分かってるとは思うけど魔族だよ。ルキメデス様はそのー、一身上の都合というか……」
「これからひとつ言いよどむ度にお前の肋骨を一本ずつ粉にしていく」
「ひいいいい!!悪魔かお前!」
「勇者ですけど」
「そうだった畜生!」
ついに少年の大きな目から涙が溢れた。クレアシオンが特に何も考えず手を出してそれを拭ったところ、アルバは引き攣った声を上げてさらに後ずさってしまう。何かよく分からないがムカついたのでじわじわ近寄って壁際まで追い詰めてみた。達成感と征服感。なんかすっごい楽しいやばい。
「あの、そうだ代理なんだよねボク。ルキメデス様が『パズドラしてくるからアルバくんしばらく魔王ねーシーたん来ちゃうかなぁうーんでもまあいっか』って言い残してどっかに行っちゃったから」
なかなか雑な代理事由だった。
「パズドラって何?シーたんって誰?あの人なんであんな大人になっちゃったの?」
「パズドラは分からん」
新しい魔法か何かだろうか。とりあえず時間と金を搾り取られそうだが深入りはマズい感じがする。それとあの男がああなった理由については実の息子が知りたいくらいだった。
「だがシーたんは俺だ」
「え?」
「クレア『シ』オンのシーたん」
「……分かるかああ!!」
報連相ちゃんとしてよほんとにもうやだあの中二病!!
職場環境に関するストレスの全てを包含した悲痛な声でアルバは吠えた。
その時、魔力の流れが突然変わる。クレアシオンがアルバの首根っこを掴んで飛びのいた瞬間、そこには転移魔法陣が描かれた。昏い光の中に現れた姿は――。
「ルキメデス様のお帰りだーい!やっと終焉の狡知神まで進化したわー超長かったー」
「あ」
「あ」
「あ」
*
「ねえなんでシーたんここにいんの!?『勇者クレアシオンが来ても魔王城には入れるな』ってオレあれほど言ったよねアルバくん!」
「また自分に都合のいいように記憶歪めて!最初からその通りに言ってくれればボクだって善処しましたけど!?」
「隙ありー」
「うおおおあああ!!」
魔王同士(うち一人代理)が責任の押し付け合いを始めたので、手持無沙汰になったクレアシオンはとりあえずアルバに切りかかった。ルキメデスをじっくりことこと封印せねばならないのでこっちは手早く片すつもりだったが、予想外の速度で魔法障壁を展開され剣を弾き飛ばされる。クレアシオンは驚愕に目を瞠り、ルキメデスは子供のような歓声を上げた。お飾りの魔王代理ではなかったらしい。
「よーし行け魔王アルバ!製造過程で異物が混入したという出生の秘密とその象徴たるオッドアイの底力を見せつけてやれ!」
「えっ嘘そんな悲しい過去あったんですかボク」
「言ってなかったっけ?魔方陣の中にうどん思いっきり溢したらなんかバーってなってピカーってなって爆発した結果生まれたのがお前」
「初耳なんですけど!?」
「なるほどだからこんな知性の欠如したツラなのか」
「ひでーな!アルバくん顔に似合わず凄いんだぞ!」
「今さりげなく顔に関する罵倒重ねましたよね?」
その呟きに対するフォローは二人のどちらからもなくアルバの心の傷は更に広がった。
「――なあシーたん。『魔王軍』っていう言葉をどう思う」
クレアシオンの脳裏には燃える村と泣き叫ぶ人々の記憶が過った。強大な魔族は一人で千の命を奪う。彼らが徒党を組んだならこの世は地獄となるだろう。だが。
「何は置いといてもカッコいいよな!種族ごとの軍団と強力な軍団長、魔王をはるかに上回る大魔王の存在に参謀に黒幕!全員の顔に影差してる円卓会議!」
「お前今度は何読んだの?」
「ダイ大」
「世界観守っていただいていいですか!?」
ツッコミのお兄さんが冷や汗をかいていた。
「まあとにかくだ、そういうものに憧れたオレは第一世代の魔族を集めて会議を開いたわけ。そしたらあいつらほんとヤバいの。アルバくん以外ボケとコミュ障と反抗期しかいないから会話のドッヂボール世界大会状態なの」
「ボク一人だけ競技がスカッシュでしたよねあれ」
「この子がまとめてくれなかったら第二回開催しないことすら決まってなかったわー」
ふむ、と勇者は唸った。やはり魔族の中でもアルバは毛色が違うらしい。合体事故パねえ。
「要するに貴重な突っ込み要員であると」
「うんそうぶっちゃけそこが存在意義」
「そこなんですか!?」
半泣きで喚く魔王代理を見てクレアシオンは考える。封印魔法ってどのくらいで意識無くなるんだろう。
百年単位とかでボーっとしてるのも辛そうだし何かいい感じのおもちゃとか持って行ってもいいかもしれない、例えば目の前のアレ。
「というわけでこいつ貰っとくわ」
「何がどう『というわけ』なのもう突っ込みきれないんだけど!」
「大丈夫大丈夫突っ込むの俺だし」
「何を!?」
「ナニを」
ルキメデスは「大人の階段登っちゃうんだなシーたん!」とかほざいているがこれで了承ということにしておこう。アルバの方は意味が分からなかったらしく首を傾げてクエスチョンマーク連打している。あーうんそうだねお前はかわいいね。ぶちのめすぞ。
抵抗されたら足とか折って持ってけばいいか。疲れ切ったクレアシオンは一周まわって最高にハイだった。