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彼はひどい人間だ。
シオンのためと言いながら、そして事実ただ一人シオンのためだけに、多くの人からたくさんのものを奪って行った。例えば夢、例えば野望、例えば名声、例えば命。自分に続く獣道を踏破するためにアルバは血と汚濁に塗れていた。
そのくせあの目だけは変わらないのだ。絶望を知らないかのように生気に輝く少年の瞳。彼の微笑みは濁りきったクレアシオンの魂までを貫通した。これが勇者であるというなら自分は何者だったのだろう。
彼を見ているのはとても苦しかった。あの弱かった子どもの一挙一動がシオンの心の内壁に引っ掻き傷をつけていく。
差し出された手を取ったとき、シオンの全ては奪われてしまった。
*
「はい三問連続不正解です。さっさとアバラ3本折っちゃってください」
「えっセルフサービスなの?」
「人件費として鎖骨もらっていいなら俺頑張りますけど」
「ひいいい!」
劣等生の悲鳴が洞窟に反響した。そんなに怯えるくらいなら最初から見直しもう一回余計にやっておけばいいのに。式自体は合っているのでもう一歩と言ったところだった。
「へ、変数一個取り違えただけだしオマケってことには」
「実戦の場でこんなゴミみたいなミスしたら魔法が尻から出るレベルですよ」
「マジかよ……」
アルバは溜息を吐いて額を押さえ、眉間を揉んだ。その仕草にシオンは違和感を覚える。世間に擦り切れたようなそれは、この太陽のような子どもには似つかわしくないものだった。なんだか分からないがもやもやする。
「疲れ切った勤め人みたいな真似してどうしたんです?殴りましょうか?」
「より疲れるわ!ってか何、この手のこと言ってるの?」
アルバは額に当てていた自分の手をまじまじと眺め、何故か苦い笑いを零した。
「あーうん、これ多分人の癖移っちゃったんだよね……」
「へーえ」
胸の中のもやもやはさらに濃度を増した。誰なのだろう。理不尽なのは分かっていても自分が不在の間にアルバを変えてしまった何者かの存在に苛々して仕方なかった。
「オリジニアの爺さんとかですか?同衾したら情が移り癖も移ったとかうっわ不潔」
「一番ひどい候補上げといて勝手に距離取らないで!違うわ!」
「じゃあ誰なんです」
それを聞いたアルバは、う、と言いよどんだ。俺に言いたくないような相手なのか。癖が移るほどにアルバが眺めている誰か。今まで気付かなかったのも言ってもらえなかったのもショックだったので、この傷心を原動力にその相手を拷問しに行くことにした。アルバはまだうーうー言っている。
「……あーもう、お前だよ!」
「俺ですか」
自分の耳に穴開けて逆さ吊りにしたり胃が破ける直前まで水を流し込んだりしなければならないのか。なかなか難易度が高い注文だった。
……え?
「お前がいなくなった後の旅で行き詰る度、ロスだったらどうするんだろう、って考えるようになったんだ。お前の考え方真似してたらいつの間にかお前が困ったときの仕草まで移っちゃって」
「勇者さん、」
あああああこれ以上言わせんなよ恥ずかしい!からかったって耳塞いでるから聞こえないんだからなバーカ!アルバは一息で叫んで顔を伏せてしまった。
その動きはシオンにとっても幸いだった。真っ赤になった顔をアルバに見せる訳にはいかない彼は、俯いたまま眉間を揉んだ。
彼の中にはロスがいた。奪い取られてしまった自分自身が、にやにやしながらこちらを見ている。
なんなんだよふざけるなこの泥棒猫、人からどれだけ持って行けば気が済むんだ。回想だけで癖まで移るなんてどれだけ俺のこと見つめてたんだいっそ気持ち悪いんだよ畜生、いい加減認めろあんた俺のこと愛してるんだろ。本当にひどい人間だ。
そろそろアルバからも奪い取りに行かなくてはならない。奪うことが愛の権能なら、シオンにはその資格があるはずだった。
(この心の一片までも)