101号室 この世界に於いて唯一可能なラブソング2(完) 忍者ブログ

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この世界に於いて唯一可能なラブソング2(完)


「ボクは多分、お前のことが好きだったんだと思うよ」

 ひたすらに繰り返される波の音の中、仰向けになったアルバはぽつりと呟いた。

 愛の告白には甘いよろこびは一切存在しない。代わりに諦観と懺悔の響きだけがあった。

 アルバは静かに目を瞑り、与えられるであろう衝撃に耐えようとしていた。……予想通りの反応をしてやるのも業腹だ。シオンが手を伸ばして頬を撫ぜると、かえって驚いたようで体をびくりと震わせた。

「本当に突拍子もないことを言いますね。吊り橋効果か何かですか」

「どうだろうなあ。ボク前にも頭おかしくなってるから、あんまり自分の記憶とか思考とかは信用しないことにしてるんだけど」

 ロスを失った直後の一時期、アルバが幻覚を見ていたらしいということはルキから聞いていた。シオンが彼に執着するのと同じようにアルバがロスに依存していたこと、そしてシオンを救い出すためにそれを乗り越えてしまったこと。そのことを思うたびにシオンの胸中には名状しがたいざわざわとした黒い漣が広がってゆく。

 アルバはいつの間にか瞼を開けていて、赤い双眸がシオンの輪郭をなぞった。

「でも、お前がいなくなってからはいつでもお前のことばかり考えてた。牢に入ってからも旅の安全が気にかかって仕方なかった。シオンのことを考えるとなんとなく幸せになった」

 ああ、自分と同じ症状なのだな、とシオンは思った。自覚があるかそうでないか、意図して握りしめているか無意識の水槽に沈んだままかの違いしかなかったのだ。シオンが彼のものであるように、彼もまたシオンのものだった。

 ――どうしてもっと早く言ってくれなかったんだ。

「ロスは、シオンは、ボクの一生の中で一番大きくて光り輝いているものだった。ボクはお前と友達になりたかったんだと思ってた。……でも、今、目が覚めるまでずっとお前の夢を見てたんだよ。それで目を開けるとすぐそこにお前がいて、ああ、ボクはこいつのことが好きなんだ、って」

 溜息を吐き出すようにアルバは言葉を紡いでいく。自分の下に血塗れで倒れ伏す彼の頬を、シオンはもう一度撫でた。

「……殴んないの」

「殴りませんよ。流石にもう腕が疲れました」

「あはは。ほんとにごめんねシオン、面倒かけちゃって。――クレアシオン、の方がいいのかな」

「あれはクレア向けです。愛の告白までしといて他の男の名前出さないでくださいよ」

「ならアルバトロスとか?」

「アホウドリじゃないですかそれ。……あなたが好きな名前で呼んでください」

「じゃあ、ロスがいいな」

 勇者に組み敷かれた魔王は力なく笑った。

 

*

 

 夢見が悪い、というのは恐らく前兆だったのだろう。

 家庭教師が去って数日足らずでアルバの魔力は暴走した。異変を察知したツヴァイが止めに入ったものの歯が立たず、彼は洞窟を破壊してどこかへと消えた。

 身のうちから溢れる暴力的なまでの力は彼の正気を奪ったが、アルバは己から何をするということもなかった。深い底で息を潜める貝のように、彼はただ存在し続けていた。

 それだけで魔界は海に沈んだ。

 震える手で青い焔を差し出した、泣き腫らした顔の3代目。事態を察したロスが魔界に飛ぶと、アルバが望んだ通りの道筋を辿って世界は滅んでいた。

 澄んだ色の温かな水が、命あるものも無いものも無差別に全て呑み込んでしまった。押し流されたものはいつの間にか朽ちて消え、幽かな光の帯が沈んだものに降り注ぐ。炎も断末魔も鮮血もない、静寂と寂寞に抱かれた世界の終わり。潮の匂いは何故かアルバとの旅の記憶を運んできた。

 魔王がいたのはちいさく切り取られたような岩の端だった。かつては天を穿つ高峰だったろうそこに腰かけた彼は、膝までを水に浸して目を瞑っていた。ロスには聞こえない何か、遠く清らかなものに耳を澄ますようにして。

 先制の衝撃波は彼に触れる前に掻き消えた。露わになった真紅の瞳はロスを映さない。自分が好きだったくろい目を二度と見ることがないだろうと気付いたとき、ロスは思わず泣きそうになった。

 魔王はどうしようもないくらいに強かった。致死の魔法を躊躇いなく放ち、魔力の剣と矢でこちらの喉を抉ろうとする。なんとか傷を付けたとしても詠唱のラグもなく回復される。何度も死にかけながら四肢を封じて封印魔法をかけようとしたそのときに、本来のアルバが目を覚ましたのだった。

 

*

 

「ごちゃごちゃ言っちゃったけど、まあ、適当に聞き流しておいて」

 遺言みたいなもんだから。アルバの零した呟きは掠れ震えていた。

 ロスは答えず、今度は彼の額に口づける。え、という焦った声に、少しばかり気分が上向いた。

「遅いんですよこの馬鹿。オレがどんだけ待ってたと思ってるんですか」

「え、え、それって、」

「流してなんかやりませんから」

 オレの方がずっと好きです、と耳元で囁くと、アルバは面白いくらいに顔を赤くした。

「……はは、あはは、そっか、そうだったんだ。こんな状況なのに嬉しいなんてやっぱりどっかおかしいんだろうなあ。これからボクたち二人で心中するわけか」

「新婚旅行ってことにしといてください」

「結婚してないだろ。役所も教会も式場もボクのせいで水の底だよ」

「何些細なことに拘ってるんですか。殴りますよ」

「色々とひどいね」

「本当に。でもあなたとオレにはこのくらいがお似合いでしょう」

「――まあ、異論はないかな」

 アルバとロスは微笑みを交わした。

 そして、ひかりの剣がアルバの胸を貫く。魔王はその魔法の剣に、それを握る勇者の手に、静かに己の掌を重ねた。

 永い眠りが訪れるまで、彼らはずっとそうしていた。

 

 

***


 

 魔力の残滓が、最後の陸地をゆっくりと水底に変えていく。

 ふたりを形作るもののうち、骨や肉やたましいは波に攫われて消え、より重いものはひかりながら寄り添って世界の一番奥まで沈むのだろう。

 魚たちの歌が響く。悼むように、そして祝福するように。

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