101号室 哲学的ゾンビのためのブロークン・コンソート1 忍者ブログ

101号室

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哲学的ゾンビのためのブロークン・コンソート1

「お兄ちゃん、とっても辛そうな顔してる。どうしたの?何かあったの?」

 子どもは彼を見上げる。おおきな黒い目が心配そうに揺れていた。

 

 

1.Pinion

  

 

 

「クレアそっちに3匹行った!足止め頼む!」

「あいよ!子供は任せたぜシーたん!」

 跳びかかってきた1匹の顎を裏拳で打ち落とし、地に落ちた傍から腹部に剣を突き刺す。送還の光を目の端だけで確認すると、すぐに半身をずらして残る2匹をバックラーで押し返した。低く唸る声が薄暗い洞窟に反響する。睨み合い。

 シオンと旅に出て半年、最初は見慣れぬ世界やら急に成長していた体やらに戸惑うばかりだったクレアもそれなりに魔物と渡り合えるまでになっていた。ニセパンダやらなよなよしいライオンやらばかりなら苦労はないが、中にはこうして子供を攫って食い散らかすようなたちの悪い連中もいる。村に続く街道の外れ、泣き叫ぶ夫婦から事情を聞き出すとクレアとシオンは無言で頷きを交わし、遠くなる魔獣の背を追った。

 狼に似た獣の住処は入り組んでいた。徒党を組んで思わぬ枝道から襲い来る獣を退けつつじりじりと行軍を進めて、やっと運ばれていく少女の素足が見えたのだった。

 親友は無事少女を助け出せただろうか。何せ伝説の勇者様だ、戦闘力に関しては心配ないが彼はもうほとんど魔法を使えない。大きな怪我はして欲しくなかった。

 先に動いた一匹は脚を狙ってきた。紙一重で躱して蹴りを入れ追撃、壁に叩きつける。さあ後一匹!と向き直る寸前に、ぎゃうううぅん、と尾を引く断末魔が響いた。地に伏す魔獣の首には短剣が深々と刺さっており、死骸が消えると音を立てて落下した。

「シーたん!」

 短剣を投擲したシオンの腰には、ボロボロの服を纏った少女が震えながら抱きついていた。

 

*

 

「うええ疲れたー」

 ばふ、と音を立てて寝台に倒れ込む。助けた子供の両親が結構な謝礼をくれたため、久々の宿は隙間風の入らない清潔な場所を選ぶことができた。

 日はとっぷりと暮れている。先刻の戦闘での体力消費は激しく、既にクレアの瞼は重くなりはじめていた。あーやべえベッドふっかふか。このまま寝たい。

 だが睡眠欲に身を任せる訳にはいかなかった。血と脂と埃に塗れた武具の手入れをしなくてはならなかったし明日の動きも決まっていない。風呂にも入っていなかった。

 なんで今日に限ってジャンケン負けちゃうんだろーなー。クレアは自分の頬を叩いた。

 シャワーは先ほどからシオンが使っていた。彼は長風呂ではないが、かといって烏の行水というわけでもない。あと10分はかかるだろうか。

 ――旅は最高だ。千年前とは何もかも違う世の中は本当に刺激的だったし、たくさんの人や風物とは小さな村に収まったままでは絶対に出会えなかっただろう。

 そして何よりシオンが楽しそうだった。様々な話を聞くにつけ、彼には本当に辛い思いをさせてしまったのだと思う。15かそこらの子供が父親を殺すためのあてどない旅を何年と続けていたというのだ。孤独と苦痛に満ちた長い冬だったに違いない。親友がそこから抜け出せたのは掛け値なしに嬉しいことだった。伝説の勇者の暗い影を引きずることなく、今のシオンはどこにでもいる青年のように笑い、怒り、時に悲しむ。わずかな例外を除いては何の違和感もなかった。

「……ん?」

 視界の隅で何かが光った。シオンのベッドの方だった。

 気になったクレアは立ち上がる。きらきらきらきら、ランプの明かりを跳ね返すそれは畳まれた服の間に挟まっているらしい。

「なんだこれ」

 小さなガラス瓶だった。金色の細かな粒子で三分の一ほどが満たされている。光源に翳すと僅かに透けて、乱反射した輝きが虹色に散った。

 どこかの町の土産だろうか?意外とこういう可愛らしいものを好むシオンのことだ、いつの間にやら買っていたのかもしれない。だが、それにしては町名も店名も記されていなかった。

 そもそも中のコレは何なのだろう。滑らかに光る結晶は蜂蜜を閉じ込めた砂糖粒か細かく砕いた宝石のように見えた。舐めるときっと甘い気がする。好奇心の赴くまま、クレアは球形の蓋に指を掛けた。

「おい」

「うおぉっ!?」

 背後から声がした。風呂上がりのシオンが立っていた。

「返せ」

「いやごめんシーたんちょっとした出来心で、」

「返せと言ってる」

 シオンはクレアの手から瓶を奪い取ると、自分の鞄の奥の方に突っ込んで釦を全て留めてしまった。拭いてもいない髪から滴がいくつか滴り落ちる。

「ほんとごめん、もう絶対しないから」

 鞄はそのままベッドの下に突っ込まれた。シオンからの応えはない。軽口も報復も飛んでくることはなく完全な無視を決め込まれていた。

 地雷を踏んでしまったらしい。クレアは内心で頭を抱える。シオンは本当に怒ると口をきいてくれなくなる。クリティカルポイントがこんなところに転がっているとは思ってもみなかった。触れてはいけない話題はたった一つ、彼の勇者様に関してだけだとばかり。

 シオンはアルバのことを何一つ語らない。クレアが質問することも許してくれない。月に一度の家庭教師すら付き添うことは許されなかったし、彼から貰った服はすぐに処分されてしまった。嫌っている、ということではないのだと思う。レッドフォックスに救われた街を彼は目を細めて眺めている。月刊アルバも欠かさず買っているらしい。旅先の特産やら授業プリントやら彼への土産はいつでも大量だった。……もしかしたらあの瓶は、アルバに渡すものだったのかもしれない。

 クレアが取り留めもないことを考えていると、舌打ちが一つ聞こえた。

「風呂。入らないのか」

「あ、うん」

 シオンの方から話しかけてくるあたり、今回は割合早く機嫌が直ったようだ。

 本当によくわからないなあと思う。常識的に考えれば友達の話を振られるよりも荷物を漁られる方が頭に来るはずなのだが。

「……そういえば入浴剤ついてたぞ」

「マジで?やった!」

 ちょっと豪華なアメニティを耳にしてクレアの頭からはごちゃごちゃした考えが一掃された。風呂でゆっくりくつろげるなんていつぶりだろうか。ちょっと長風呂してもいいかもしれない。

「あの夫婦サマサマだよなー。ここ朝ごはんバイキングらしいじゃんめっちゃ楽しみ」

「それだけ娘が大事だったんだろうよ」

「ていうかあの子も凄いよな!助け出したときはあんなガクブルしてたのに親のとこ行くころにはシャンとしちゃってさ。普通ならああはいかねーよ」

「――普通なら、な」

 うきうきと入浴準備を進めていたクレアは動きを止める。妙に含蓄のある言葉が引っかかりシオンに目をやった彼は、そのまま何も言えなくなった。

 

――シーたん、なんでそんなパパさんみたいなカオしてんの。

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