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101号室

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くちびるにカンタレラ


 馬鹿な子どもは非常に弱く、そして馬鹿であるがゆえに学習しない。街から出て二時間ほどで土竜型のモンスターに遭遇し、攻撃を躱すことも逃げることも思いつかないと言った様子で真正面から立ち向かっていった。そして案の定ボコボコにされた。

 自力で歩くことすら出来なくなったアルバを荷物よろしくずるずると引き摺って、今朝出発した宿へと戻った。石畳との摩擦で少年のズボンは破れて下着が丸見えになり、ロスはそれを指摘して丁寧に爆笑した。

 あーだのうーだのと呻き続けるアルバの服を剥ぎ、傷口を抉るようにして消毒して包帯を巻いてからベッドに投げ込む。慣れたものなので方向も力加減も調整は完璧であり、ベッドヘッドに頭頂部を強打しつつも少年の身体は寝台の中へと収まった。

「全治三日ってとこですか。宿代勿体ないので一日で治してくださいね」

「無茶をおっしゃる!」

「毎回毎回こんなにばかすか殴られてるんだからそろそろ免疫とかついていいんじゃないですか?殴られても痛み感じないように脳味噌弄っときます?」

「改造人間じゃんそれ……やめてよ怖いよお前ならほんとにやりそうだし」

「よく分かってるじゃないですか気持ち悪い」

 経験則の働き方があまりにピンポイントだった。ロスは少しばかり愉快になって、そして自分の精神の運動に何故か不快感を覚えた。足し合わせれば原点には戻るものの振れ幅はそれなりに大きく、けれどアルバがこの有様では殴る訳にもいかない。ロスの拳は行き場を求めて彷徨いはじめ、やがて適当な一点を探し出した。

「……勇者さん、昼ごはん何がいいですか」

「え、なに買ってきてくれるの?」

「作ります」

 少年の茶色い睫毛がぱちくりと瞬いた。数秒だけ考え込み、結局、なんでもいいや、と答えが返る。本当に馬鹿だと思って、ロスは笑ってしまった。

 

*

 

 部屋には簡易キッチンが付いているため、多少の煮炊きであれば可能となっている。ロスが今から行うそれが多少の範疇に属するのかどうかは疑問だったが。宿の主人から余り物の食材を貰って調理器具を借り、足りない材料は通り一本向こうの市場から購入した。

 部屋に戻ってみれば、ミイラ男のようになった掛け出し勇者はうつらうつらと舟を漕いでいた。揺れる首は細く、そこにも包帯が巻かれていて、日の下で駆け回る子供には似つかわしくない病的な影を落としている。それがまた青年のはらわたの奥底にあるもの、名状しがたくそして名付けてはならない何がしかをがりがりと擽るのだ。手折れるものであって倒れるものであって、手の中に収まるものであるように見えてしまうので。

 願望形は禁句だった。たとえ未だ目には映らずとも、終着点は確実に設定されている。乗り越える方法など考えてはならない。

 二分の一に断ち切られたカボチャを俎板に伏せ、更にくし形に切っていく。予め砥いでおいた包丁は固い暗緑色にも割合すんなりと突き立った。二センチほどの厚さに切断したら、今度は皮を剥く。黄色い果肉を角切りにし、鍋に張った水に落とす。玉葱は丸ごとひとつ薄切りにして、これも同じ鍋に入れる。火を点けて煮立つのを待つ。

「勇者さん」

 応えは無い。少年は既に夢の世界に旅立っているようだった。

「……勇者さん」

 意味を成さない寝言と深い呼吸の音だけが聞こえた。

 子どもは安心しきった様子で眠っている。自分を甚振っては食事に異物を混ぜる男に竈を任せたまま、ぐっすりと。

 頭が悪いに違いないと思った。警戒をしない。学習をしない。痛い目を見た回数は両手と両足の指を使っても足りないだろうに、実在しない脳味噌はロスを拒むということすら思いつかないらしい。

 聞こえないのだから構わないだろうと、静かな声で呼ぼうとした。駄目だった。Aの音を形作った唇は、突然麻痺でもしたように、或いは防御反応か何かのように、そのまま動かなくなってしまった。喉の奥に生まれた病毒は熱を帯び、血流に乗って全身を巡ろうとしていた。

 湯が沸いて泡が弾ける音が無ければ、ロスはどうなっていたか分からない。

 

*

 

 目覚まし代わりに適度な暴行を加えるつもりでいたものの、近づいたタイミングでアルバは丁度目を覚ましてしまった。舌打ちも聞こえていない様子で暢気に伸びをして、おはよう戦士、などと宣う。少しも早くなかった。千年ほど遅かった。

 サイドテーブルに置いた皿に黒い瞳が向けられる。湯気を上げる黄色いスープと白パン、ささやかなサラダでひと揃い。それが二人分。

「ポタージュなんて面倒くさいもの選んだんだね。裏漉しとか大変だったんじゃないの」

「一番磨り潰したいものが磨り潰せないので仕方ないじゃないですか。代償行為です」

「どうしてボクの頭部ガン見しながらそれ言うの?」

 アルバの顔に怯えが走り、ロスは笑みを深くする。パンを一口大に千切って、それから少年の口元へと差し出した。

「……え?」

「食べさせてあげますよ。手が使えないでしょう」

「お前が五指ひとまとめにして包帯ぐるぐる巻いてくれたお陰でね……」

「さっさと口、開けてください」

 温め直したパンで唇の端をなぞると、彼は漸く観念したらしかった。ロスの手から離れた食物はアルバの舌の上に乗り、咀嚼され、喉が動く。ロスが与えたものがアルバの身体の奥へと流れ込んでいく。

 何を食べているか言って見給え、君が何者か言って見せよう。そう謳ったのは誰であったか。口腔に侵入したものは胃の腑に落ちてはらわたを潜り、やがては血を肉を骨を、そのいきものの爪の先ひとかけらまでを形作ってゆく。食べることはいのちの底を敷き詰めるような行為であって、料理はその床材の種類を決定する。胃袋を経由して生命活動と存続の一番深いところを握られること。他人の手と他人の意思で以て、そのような食物を与えられること。この子どもは存在の根幹を、生きる針路の選択を、何れは訪れるであろう死との距離に関する決定権をロスに明け渡してしまっていた。窓からの陽光を弾く輪郭すら、まるでロスのものであるかのようにして支配されているのだった。

 馬鹿だから。警戒の仕方を知らないから。そうであるに違いなく、そうでなくてはならなかった。

 二切れ目を嚥下したのを確認し、左手のパンを一度皿に戻した。カボチャのポタージュの入った器と、スプーンを持つ。明るい色の水面とそこに浮かぶものを目に留めて、アルバは首を傾げた。

「その上に掛かってる白いやつ、粉みたいなの、何」

「このためだけに生クリーム買うのは勿体なかったので」

 薄ぼんやりとした色の陶器に金属が擦れ、硬質な音がした。スプーンの窪みの中で、ポタージュとそれが小さく震えていた。ロスは微笑む。

「――『あの雪のように白く、快いほど甘美な粉末』」

「……砂糖?」

「カンタレラ」

 毒だった。

 御伽噺の悪い貴族が、気に入らぬ相手を殺すために用いたと言われる粉薬。調合の具合によって即効性にも遅行性にもなって、ぐずぐずと身の内から溶かすように腐らすようにして相手を蝕みながら確実に死へと至らしめるのだという。

 鍍金の剥げかけた食器は少年の口内に飲み込まれ、柔らかな舌の上に内容物をぶちまけた。出来立ての熱さに眉根を寄せながら、アルバはまたそれを飲み込んだ。

 胸の内には勝利の高揚があった。この子どもは無知なのだ。ものの分別が付かず道理を理解していなかった。ロスに己を手渡して後悔した様子も見せていないのはその為であって、他に理由などありはしない。カンタレラ、と告げられたそれをロスの手から啄むのも、名の持つ意味を知らないからだろう。何処かに裏切られたような痛みも疼いていたが、努めて知らない振りをした。

 今度は息を吹き掛けて表面を冷まし、またスプーンを差し出す。存外に躾が行き届いているらしく、子どもは匙の先端に口を付けて音を立てずに啜った。いとけない顔がふにゃりと綻ぶ。

「おいしい」

 また名前を呼びそうになって、必死に舌を噛んで堪えた。血の味がした。液体を零さずにいられる自信が無くなってしまい、ロスはまた皿を持ちかえた。フォークに突き刺したレタスを差し出すタイミングで、アルバは自然と口を開ける。

 知っていますか、とロスは言った。

「……子どもに毎日じわじわと毒を与えて耐性を付け、体の一片に至るまで毒素を染み渡らせる、という暗殺者の作り方があるそうですよ。体液まで毒に侵されているので、口づけしただけで相手は息絶えるのだとか」

「ロマンチックだよね。南の国の伝説だっけ」

 一口分を飲み込んだアルバはそう呟いて、次を促すように唇を細く開いた。ドレッシングを舐め取る舌がやけに目に付いて、ロスのどこかがまた溶けて腐っていく。

「一部の薬物や毒物は、急激な使用中断によって身体的離脱症状、所謂ところの禁断症状を出現させます。痙攣、幻覚、悪寒、嘔吐感など」

「そうやって言うと怖いけど、全部いつもと同じだろ」

 もう慣れちゃったんだよ、お前がいつも毒を盛るものだから。必要以上に無邪気な言葉には、しかし驚愕と恐怖が足りなかった。ロスの手がついに止まったのを見て、包帯塗れの少年は焦れたように口を開ける。乱れ始めた呼吸を悟られる訳にはいかず、青年は暫しの沈黙を強いられた。

「そろそろポタージュが飲みたい。冷めちゃったら勿体ないし」

「……まだ分からないんですか」

「何が」

「逆さにぶらさげて撲殺した豚の内蔵に亜砒酸を加え、腐らせてから精製する。カンタレラはそうして得られます」

 アルバはロスによって作られている。ロスはアルバの命を握っていて、時折爪すら立てて見せているというのに、馬鹿は馬鹿であるが故にそれを咎め立てすらしない。馬鹿であるからだと信じていた。毒のことなど何も知らないからと。だのに、この言い草は何なのだろう。これではまるで、

「――食事に毒を盛られたんです。なんでそんなに暢気なんですか?本当に馬鹿ですよね、あなた」

「いや、だってその程度ほんとに日常茶飯事になっちゃったし、折角作ってくれたもの残すの勿体ないじゃん」

「致死毒ですよ」

「お前が解毒剤をくれるんだろ」

 僅かな疑義すら混じらない、確信に満ちた、と言うよりも単に事実を述べるような口振りだった。このくらい慣れなきゃお前と旅はできないし。何食べても食べなくても具合悪くなるなら好きなもの食べたいよね。料理が上手いって罪だなあ。並べられる言葉の群れを、しかしロスは殆ど聞きとっていなかった。

 捥ぎ取ったつもりでいたのに、その実手ずから委ねられていたのだった。弄び嬲っていたはずのものが恐ろしい程の重さとなって青年の肩に圧し掛かった。視界の隅でちらついていた不吉な予感は見事に枷と鉄球に変わり、終点に向かう足を縛る。堰き止められたと思っていたそれがじわじわと全身を蝕み、ロスを毒殺しようとする。

 歪んで拉げた片恋のはずだった。気付かれも応えられもせずに終わる、そのようなものでなくてはならなかったのに。

「オレがいなくなったら、どうするつもりですか」

 解毒薬を与えてくれる都合のいい人間などそうそういる筈がないのだ。あれほど息を整えたというのに、ロスの声は死にそうに上擦っていた。包帯の白の下で、アルバの胸が脈打つのすら見て取れるように思われた。

「探す」

 毒塗れのくちびるは、あくまで平然と、無邪気に、子どもらしく、致死の言葉を贈り続ける。

 御伽噺の貴族の末路を、ロスは漸く思い出した。自分の毒薬で死んだのだった。

「あと、お前の言ったやり方だとカンタレラは作れないからね」

 自分が何をしているのか全て理解した上で、アルバはまた口を開け、ポタージュが運ばれるのを待っている。口づけを請うようにして。

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