101号室 運命から一番遠い海 1 忍者ブログ

101号室

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運命から一番遠い海 1

 

「いいぃーやっほおぉぉお!! 海だああああぁあ!!

 山から出てきたばかりの子どもでもあるまいに、クレアの目はきらきらと輝いていた。膝まで浸るほどの深さまでノンストップで走って行ったと思ったら、何に足を取られたのか盛大にすっ転んで頭から水に突っ込んだ。悲鳴。今日も今日とて忙しない男だなあとシオンはいっそ感動を覚える。

 寂れた海岸には二人の他に人の姿はない。海猫の声もどこか遠くに聞こえ、麗らかな午後は気怠く眠たかった。目覚ましは必要だし、少しくらいならあいつを見習ってもいいだろう。誰にともなく言い訳しつつ、青年はそっと靴を脱ぐ。陽光に炙られ続けた白い砂は酷く熱を帯びていて、足の裏を焼こうとするかのようだった。

 遠くに幾つか島影が見えた。地図に載っていた気もしたが、名前は覚えていなかった。肉眼では見えないほどの遠くにも間違いなくまた島があり、その更に先にはきっと大陸が存在して、名も知らぬ誰かが暮らしている。

 断絶して散在する陸地を結びつけるのは海だった。疎らな波頭を光らせながら、風に潮のにおいを染み付けながら、大きな大きな水の塊がどこまでも果てしなく広がっていた。

 ちゃぷり、と爪先を水に浸す。ぬるんだ塩水が足の甲までを濡らし、光線の屈折が白い皮膚に僅かな青みを添えた。何度目かの海で、ここに居ないその人も好きな海だった。いつかまた彼とと思いながら、シオンは檻中の人の顔を浮かべる。と、その時、足首の辺りに何かがぶつかる感覚があった。

 視線を下げれば、瓶だった。

 飲み物でも入っていたような、分厚いガラス製の円筒形の瓶が、これまたオーソドックスな茶色のコルクで封をされている。中には四つ折りにされた紙切れが見えた。

「……ボトルメール?」

 拾い上げれば僅かに冷たく、少し力を入れるだけで栓は簡単に抜けた。そのくせ密封は完遂されていたようで、摘み上げた紙片はかさかさと乾いていた。

 広げると、彼の字があった。

 ――お腹空いたよ、ロス。

 

              * * *

 

 開け放っていた窓から急に湿った風が吹き込み、床の埃が舞い上がった。空気の通り道が出来たためだった。ああまた見つかってしまったのか、と部屋の入口に目を向け、トイフェルは硬直する。ここに居るはずのない、見覚えのある、そしてあまり会いたくない類の、黒い青年が立っていた。

「……う、うええ、えええっとええ、何、なんで、」

「頼みがあって」

 前回の「頼み」をきちんとお断り出来なかった結果、肩の上がらない状態で世界の行く末を占う感じの一大決戦に巻き込まれたことはまだ記憶に新しかった。激しく逃げたかったがそもそも壁に寄りかかって寝ていたので後退りすら出来なかったし、一か所しか無い出入り口にはシオンが仁王立ちしている。不要な調度が放り込まれた室内は狭く、足掻いたところで彼を撒くのは不可能だろう。窓から跳ぶか。六階なので漏れなく死ぬ。詰んだ。

 がくがくと震える執事長を、青年は目を細めて見つめていた。そして、やけにゆっくりとした歩調で距離を詰め始める。雨の気配が流れ込む部屋に、死刑宣告のような足音が鳴った。

「怯えすぎだろう。別にボス戦は控えてない」

「じゃ、じゃああの何、どっちの件で」

「勇者さん」

「なんでオレ」

「消去法」

 この男がわざわざ城まで足を運ぶ用件となれば関係者は二人しか思いつかず、しかもその一方が大抵の事態を自力で解決出来てしまうチート野郎だというのだからトイフェルの狼狽は弥増した。何故その選択肢を消去した。自分は一体何をさせられるというのだろうか。

「この場所は、だ、だれから」

「メイド長があっさり吐いたぞ。自分の人望の無さを恨め」

「買収に使った額の倍出すんで見逃してください」

「断る」

 最後の一歩まで踏み込まれ、覆い被さるようにして覗き込まれた。影と黒衣と白い肌のモノトーンの中で、埋み火のような赤い目がぐらぐらと底光りをしていた。

 すっ、と、トイフェルの目の前に何か暗い色のものが差し出された。両掌に収まるほどの大きさに設えられた、飾り気のない木箱だった。開ける前からおかしな気配がぷんぷんと漂っていて正直近くに置くことすら遠慮して頂きたい類の物品だったが、それを申し立てるほどの勇気はなかった。無言の催促と視線の圧力に早々に負け、執事長はのろのろと手を伸ばす。大きさに比してやけに重かった。蝶番の軋む音が小さく響いた。

 中には、紙片があった。

 大きさは様々、二つ折りにされ四つ折りにされ、或いはそのままの形で積み重ねられ、樫の箱の内からは大量の紙切れが現れた。その中のひとつを摘み上げて眺めてみれば、知らなくもない筆跡を認めてしまい一気に頭痛が襲ってきた。なんであれがこんなものになり果てていて、しかもそれをこれが纏めて持っているのか。やはり人間は、まで独りごちてから、トイフェルは思い直す。こんなものと一緒にしてしまったら人間全般に失礼かもしれない。やはりこいつらは意味が分からない。

「……何なんです、これ」

「それを聞きに来た」

 長い睫毛が密やかに瞬いて、真っ赤な瞳に切羽詰まった影を添えた。迂闊なことに、トイフェルはそれを真正面から見てしまった。

「これは、何なんだ」

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