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どうして自分はこんなに弱いのだろう。アルバは薄らいでいく意識の中でそう思った。身体は馬鹿みたいに頑丈なのに、内側はまだ子どものままだ。ルキもヤヌアもトイフェルもまだぴんぴんしているというのに、たった一人を失っただけで自分の半分ほどが死んでしまったような気がした。
第四話:闇の末裔
古書のかび臭いにおいがルキメデスの胸を躍らす。
旧校舎の数学準備室には彼を除いて人の気配はなく、壁に貼られた三角関数表は長年の間に褪色してほとんど読めなくなってしまっている。ランタンの明かりを頼りに、かつかつと音を立ててながら床に魔方陣を描いていく。ワックスの剥げた無垢材のささくれが彼の手と白墨を引っ掻いたが、そんなことは気にもならなかった。
魔王!その響きを思い出すだけで数学教師の横隔膜はまた捩れそうになる。魔王だって!夢に出てきた男はふざけている風には見えなかったが、一方で秘密の大計画を語る赤い目には何の熱意も灯っていなかった。そのどうでもよさそうな感じが逆に気に入ったのもあって、彼の言葉に乗ることにしたのだが。
男はまずある教会を指定した。その地下書庫から一冊の本を盗んで来いと。息子にばれそうになったり息子に半殺しにされかけたりといった各種の危機を乗り越えて指令をクリアすると、今度は夜の校舎に忍び込めと来たものだ。小学生の肝試しかよ。正直わくわくした。
「でーきた」
かつ、と音がしてチョークが落ちた。うん、我ながら惚れ惚れするような出来。次いで、ルキメデスはランタンを掲げて壁を照らし、先ほど描いた「本命」が完全に隠蔽されていることを確認した。
描くべき魔方陣は二種類。一つは呼び出すもの、一つは捧げるもの。血を捧げるにしたって召喚した魔物やっつけなきゃいけないんじゃないの?と尋ねると、夢の男は心配する必要はないとだけ答えた。彼がそう言うならそう言うもんなんだろう。
一定の空間的時間的規則に従って校内に大魔法陣の一部を配置してゆき、それに召喚魔法によって呼び出した魔物の血を吸わせる。今夜は11回目。あと1回で時空歪曲の大魔法は完成し、ルキメデスはかつて存在したという「魔王」の力と記憶を手に入れる。
魔とは恐ろしいもので、それ故に素晴らしいものだ。無限定の知性により過去と未来を同列に知るラプラスの魔。熱力学第二法則を踏みつけ高笑いするマクスウェルの魔。ことわりを塗り替えるものは希望であり絶望であり、何より絶対だ。そういうものに、もうすぐ自分は組み変わる。
荷物をまとめ、三十路の男はスキップしながら夜の学校を後にした。この後に待っているだろうシオンからのお仕置きは都合よく忘れることにして。