101号室 センペル・アウグストゥスの奇妙な冒険3 忍者ブログ

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センペル・アウグストゥスの奇妙な冒険3


「我々、ね。お前がやったものだと思っていたんだが」

 シオンは苦々しげに舌打ちをした。今すぐでも立ち上がってこの魔族を殴りつけてやりたいとすら思っていた。それを押しとどめたのは、魔王討伐後にシオンと別れてから姿を消すまでのアルバを知るものが彼以外にいないという、たった一つの事実だった。それに、シオンの見立てによると、アルバがおかしくなってしまった原因には確実にこの男が関わっている。

「彼の最期は知っているでしょう」

 シオンは返事を返さず、沈黙で以て肯定した。数か月前に聞いたその話は未だ彼の鼓膜にこびり付き、見たことも無いはずの地獄は夢の中で鮮やかに再生される。だが、シオンが欲しているのは、アルバの生命を実際に断ち切ったものではなかった。

「なんであそこまで追い詰められたのか、と聞いている」

 詰問を向けられ、トイフェルは溜息を零した。彼は憂鬱そうな、その実何も感じていないような虚ろな目をしていた。それなら最初から説明しなくてはいけませんね。気だるげな言葉にも感情はない。

「……突然巨大な魔力を手にした彼は、極度の魔力依存症とでも言うべき状態になりました。魔力が枯渇すれば、最悪存在が消滅するという状況まで至った」

 平坦な呟きに心臓を突き刺され、シオンは息を飲んだ。その言葉によって、彼は男の口にした「我々」の意味を理解する。アルバを蝕んだものの半分はシオンの魔力だったというのだ。

「それだけでも深刻だというのに、彼はより大きな問題を抱えていました。魔力の源が普通の魔族とは全く違ったんです。彼は負の感情を殆ど取り込むことが出来なかった」

 きっとこころがきれいだったからでしょうね、と魂の魔法使いは言ったが、シオンは虚勢を張って鼻を鳴らし、頭が足りなかっただけだろう、と返した。他人にアルバを語られるのは酷く不快だった。

「それで?負の感情でないなら、あの人は何で以て命を繋いでいたんだ」

トイフェルは心臓の上に指した花を抜き取った。短く茎を残されたチューリップは、落とされた罪人の首のようにも見えた。

「――希望、ですよ」

 

***

 

 これからお世話になりますがよろしくお願いします。囚人服に上着を羽織った彼は飽くまでただの挨拶をするようにそう言ったので、執事長は逆に恐ろしくなった。この人頭おかしいのかもしれない。

 よくよく聞けば不可抗力と同行者の悪意によってプロの虜囚になってしまったらしく、鉄格子の内側には慣れているという。怯えられたり泣き叫ばれたりするよりは遥かに楽なのでそれはそれでいいことだと自分を納得させた。

 アルバ・フリューリングというのは一緒にいてとても楽な人間だった。無理に話しかけてこないし、大抵のことは受け入れスルーしてくれるし、サボっていても結局見逃してくれる。入り浸り始めても多少迷惑な顔をするだけで追い出しはしない。彼は余白の多い人間で、他者に寄り添うことを本能的に知っていた。あまりに居心地がいいため、執事長はこの牢屋への移住を本格的に検討し始めていた。

「すみませんトイフェルさん、この辺の教科書とかちょっと隠しといてもらえません」

「手数料は売値の三割でいいですか?」

「古本屋で売ってこいとは言ってないんで!」

 いい突っ込みだなあと思う。日の当たらない生活が長くなってきたせいか、最近は少々勢いがなくなってきているのが気がかりだったが。なんでまた、と問うと、彼は頬を搔いて目を泳がせた。

「あの、明日シオンとクレアさん面会に来てくれるじゃないですか。その時見られたらからかわれるんだろうなーって」

「あー確かに」

 クレアという人に関してはよく分からないが、あの黒いのは全力で馬鹿にしにかかるだろう。好きな子ほど苛めたいとか何年小学生続ける気なんだろうか。流石に哀れに思ったトイフェルが数冊のハードカバーを受け取ると、アルバは顔を綻ばせて礼を言った。

 トイフェルは彼の笑った顔が好きだった。誰もが振り返るような華美さはなくとも、アルバが微笑むと花が咲いたような温もりがあって、それが己の凝った魂を少しだけ融かすのだ。彼にずっとここに居て欲しいとすら思っていたが、口にも行動にも覗かせないだけの分別はあった。トイフェルはとうに小学校を卒業していたので。

 

「生きてて楽しいですか?こんな暗い檻の中で馬鹿みたいに座り込んでて。勇者が聞いて呆れますよ。もう誰もあなたのことなんか必要としてないんじゃないですか」

「あなたの戦士さんはあなたよりずっと大事なお友達と世界中巡ってますよ。お荷物いなくてせいせいしてると思います。もう忘れられてたりして」

「本当、目障りなんですよね……。あなたがさっさとどっか行ってくれればオレももうちょっと心安らかにサボれるんですけど。さっさとその不細工な顔剥ぎ取るか首吊るかしてもらっていいですか」

 繰り返される辛辣な言葉に、牢壁に身を預けたアルバは目を伏せる。彼の肉体が幽かな輝きを纏い魔力の獲得を知らせるが、金色の光はすぐに止んでしまった。呆然と肩を落とすトイフェルに少年は苦笑を向けた。

「いやなんかほんとすみませんトイフェルさん、こんな面倒くさいことを」

「……あなたあんなこと言われて辛くないんですか。悲しいとか感じないんですか」

「当然辛いし悲しいし耳も心もついでに胃まで痛いですけど」

 ならば何故たったあれっぽっちしか魔力が回復しないのだ。労うように肩に触れる手を意図して乱暴に振り払っても、何の変化もなかった。

 入獄して四か月。勇者アルバに対する世の熱狂が冷めてきたころ、彼の身に異変が起き始めた。最初は睡眠時間が延びる程度だったが、徐々に日中ぼんやりとすることが増え、会話中に意識が混濁するようになった。魂には変調はなかったが肉体の面となるとトイフェルは門外漢でしかない。魔界から呼んだ医者が告げた病名は、「進行性魔力依存症」というなんとも馬鹿げたものだった。

 魔王と勇者二人分の魔力を何の素養もない人間がぶち込まれる、という前例のない状況であったためになにもかも推測と可能性の話ばかりで、当然治療法も不明だった。「いいニュースと悪いニュースがあります」と告げると「病気にボクの名前が付くとかですか」と即座に返したアルバは流石だと思ったが。

「対症療法しかないと思ったんですが……」

「意外と大丈夫じゃないですかね?寝てたら治るかもしれませんし」

 だから無理はしないでください、と病人に心配されてしまった。もう少し危機感を持ってくれと思う反面、あれだけ罵られても拒絶しない心の広さに救われているのも確かだった。

 ひょっとして、とトイフェルは思った。彼は負の感情をあまり吸収できないのではないだろうか。魔王をあれほど回復させたディツェンバー・ツヴォルフの憎悪でさえ、彼にはさして影響を与えていなかった。もしそうだというならどうすればいい。代替物はあるのか、見つけ出さなくては彼がどうなるか分かったものではない。ぐずぐずと考え込んでいたトイフェルを現実に引き戻したのは、アルバの呆けたような声だった。

「……あ?」

 トイフェルは少年を見た。幼さの残るかんばせにはぼんやりとした驚きだけが乗せられており、夜と炎の色の双眸は自身の右手に向けられている。トイフェルは少年の右手を見た。

 指先が透けていた。

「っ!?」

 思わず手を伸ばしていた。握りしめれば体温はある、感触はある、だが四本の指の第一関節のあたりまで輪郭以外が空白になっていて、色素の薄いトイフェルの手が向こうに透けて見えていた。心中にはただただ恐怖が荒れ狂っていた。アルバが消える。彼がいなくなる。少年と過ごした優しい時間はもう訪れない。トイフェルには彼が必要なのに。やめてくれ。やめてくれ!

 アルバさん、アルバさんと背筋を震わせながら譫言のように繰り返していると、突然暖かな光が広がった。輝きを放つ本人は間の抜けた声で慌てている。見る見るうちに魔力が補われ、指先は元に戻った。

「えっと、よく分からないけど、ありがとうございます」

 顔を上げた執事長に向かってアルバはいつもの余白の多い微笑を向けた。赤い目の奥がゆらりと揺れたように見えて、トイフェルは少し泣きそうになった。

 ――彼はきっと、誰かに必要とされなければ生きていけないのだ。

 この時トイフェルは理解し、そして絶望した。

 

 

***

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