101号室 センペル・アウグストゥスの奇妙な冒険4 忍者ブログ

101号室

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センペル・アウグストゥスの奇妙な冒険4


「……希望?」

 シオンはトイフェルの表情を伺ったが、赤い花を弄ぶ彼の顔からは何の思惑も読み取ることが出来なかった。

「正確には、他者が己に向ける欲求、必要とされること、ですか。アルバさんはそれを希望と呼びたがったので、オレもそう呼ぶことにしています」

「は、」

 差し出された手の温度、微笑むときに僅かに覗いた歯の白さ。シオンの記憶にある希望というものは全て彼の形をしていた。シオンはいつもアルバを欲し、必要としていた。彼は固く目を瞑った。さらさらと、粉砂糖が注がれるような音が聞こえた。

 トイフェルは目の高さに赤い花を掲げ、虚ろな瞳でそれを見つめた。きれいでしょう、これ。賛美する声にも感情はない。

「センペル・アウグストゥス、無窮の皇帝。揺らぐ炎みたいな花です。チューリップバブルなんていう馬鹿みたいな時代には、球根ひとつで国が買えるくらいの値段が付いたこともあります。みんながみんな、この花に夢中だった」

 魔族はその花弁を一枚毟り取った。

「まるでどこかの勇者様みたいにね」

 

***

 

「多分今回手伝ってもらえることないんで、宿で休んでて大丈夫ですよ」

「いえ付いていきます。一応目付役なので」

 勇者は少々面倒くさそうな顔をしたが、それ以上文句は言わなかった。

 今回の討伐対象は中型の雑食性陸棲亜竜だった。一体一体はさしたる脅威ではないのだが、歳経たボスの下で徒党を組まれると厄介なことになる。それが人里にほど近い場所に巣食うようになったため、勇者係の案件となったのだった。

 夜。街道を少し外れた荒れ地の先には切り立った崖と獣の掘り進んだ洞窟があり、その上には遮るものない星空が広がっていた。トイフェルは適当な岩の影に身を降ろす。

「爬虫類なんだから夜行性になっとけばいいのに素直じゃない連中ですね」

「トイフェルさんは己の睡眠欲に素直すぎませんか……」

「やだなあ寝ませんよ。瞑想してるだけです」

「宿にいていいって言ったのに!」

 ぶつくさ言いながらもアルバは鞄から緑色の缶を取り出した。

「それがバルサンですか」

「催涙ガスですってば」

 亜竜族は頑強な肉体を持つが、煙の籠る巣穴で粘膜を焼かれれば流石に外へと逃げ出す。狭い出口で待ち伏せし、出てきたところを叩き斬っていくというのが作戦だった。風向きよーし!と巣穴に走った青年は救世の勇者にも災厄の魔王にも見えず、トイフェルは少しおかしくなった。

 

 瞼のない目から滂沱と涙を流しつつ土色の亜竜がばたばたと走り出る。アルバはそれをばったばったと切り倒す。我流で付け焼刃とは本人の言葉だったが、彼の剣捌きはとてもそうは思えないほどの鮮やかさだった。抉りこみ切り裂き首を撥ね胴を飛ばす。インターバルが開けば血と脂で汚れた刃を拭い息を整えた。人ならざる者どもの死体は積み重なることなく光と共に消え、跡には僅かに黒い血溜まりだけが残された。

「うっへドロドロ……そろそろ三十匹くらいやっちゃってるんじゃないんですかこれ」

28です。あ、でも多分次でラストなんで頑張ってください」

 ボスですよ、というトイフェルの声と同時に咆哮が響き、他よりも二回りほど大きな個体が洞窟の外へと躍り出た。

「えっちょっでかっ!」

 前足のラッシュを掻い潜りつつアルバが竜の首に一太刀入れた。だが刃は肉に食い込むことなく鈍い音と共に弾かれる。追撃が来る前に退避。

「しかも硬い……」

 痺れた手を振り振りアルバは長剣を捨て、懐から小刀を取り出した。戦法を変えるらしい。しなやかに地を蹴り空いた距離を一瞬で詰める。長い尾を振り回した一撃を跳躍で躱し、魔力で形成した力場を踏み台に空中でもう一度跳ぶ。四メートルはあるだろう亜竜のさらにその頭上で、青年は小刀を構え、そしてそれを踵落としで以て怪物の左目深くまで叩き込んだ。異形の絶叫。彼を引く重力の腕。口の中で短縮された呪言を詠う赤い瞳の奥に尽きせぬ炎と果てない空漠の地獄を見て、トイフェルは自身の魂が激しく揺さぶられるのを感じた。詠唱が完成する。閃光と轟音。夜が八つ裂きにされ視界が一瞬ホワイトアウトした。雲一つなかった黒い空の遥か彼方から小刀目掛けて幾条もの紫電が殺到し、哀れな亜竜の眼球を脳を柔らかな内臓を暴力的に冒涜的に圧倒的に焼き尽くし焦げ付かせ蹂躙してゆく。アルバが受け身を取って着地する。喉まで炭化した怪物は断末魔すら満足にあげられないまま奇妙な痙攣を繰り返し、それからやっと倒れ伏した。

「はい終わり」

 血の色に燃えていた左目が魔力によって黒に偽装される。衣服に付いた砂を払い落したアルバはどこにでもいる少年と同じように伸びをした。

 真っ直ぐに奪い取るような強さと、どれほど奪い取ったとしても変わらずに彼の内に巣食う空隙。これは魔王だと思った。人外の力を振るって己の知らぬうちに世界に災厄をもたらし、身の内に宿した始祖の魔力に食われる。歴代のどのルキメデスよりもアルバ・フリューリングは魔王だった。魔に属するトイフェル・ディアボロスは、時々彼の足にくちづけたくなる衝動にさえ駆られるのだった。

 あ、と呟いたアルバが思い出したように反対呪文を唱える。焼け石に水だ。その程度では世界への影響を打ち消すことはできないように、彼は作り変えられてしまっている。

 魔力による浸食は進んでいる。アルバは常により多くの魔力を必要としている。彼が希望であり続けるために、世界は混乱と恐怖に包まれていなくてはならない。次は東の山脈でトロールの討伐だったか。いつまで続くのだろう。いつまでも続けばいい。

「トイフェルさん帰りましょー」

 アルバの声に応え、トイフェルは立ち上がる。砂岩に預けていた背中が軋んだ。報告は夜が明けてからでいいか、一度帰って寝よう。

「あれ」

 数歩先を歩いていたアルバが足を止めた。

「こんな荒れ地に花が咲いてる」

 彼の視線の先では数輪のチューリップが群生していた。星の光の下でも見て取れるほどの鮮やかな赤と白は、大仰な名前と共に図録か何かで見た覚えがあった。

「だいぶ昔に絶滅した品種ですね。突然変異で生えてきたんだと思います」

「……へえ」

 突然変異。彼は空っぽの声で繰り返し、また歩き出した。

 

 アルバの名声と栄光が頂点にあって、世界の安寧と己の存続が併存するものだと屈託なく信じていられた最後の日のことだった。それから彼は魔法を使わなくなり、強大な魔物の出現頻度は一気に低下する。

 世界に求められなくなった彼を生かし続けるにはもっと別の、吐き気を催すような方法を取らざるを得なくなった。

 

 

***

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