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「そんなに睨まないでください。オレは手を出してないですよ」
トイフェルが言った。再び感情を消した気だるげな声だった。しろい指先が最後の花弁を摘み取ったために、センペル・アウグストゥスは醜怪な直線に成り果ててしまった。六枚の炎がテーブルの上に散らばって、燃え上るでもなくただ朽ち果てるのを待っていた。
その時に、ふとした疑問がシオンの脳裏に去来した。赤いもの。滅びた花を弄ぶように毟り取るこの男が執着したもの。
「あの人の左目はどこに行った」
「絶対なくならないようなところに消えてしまいました」
トイフェルは意味ありげな薄笑いを刷いてそう答えた。唾を嚥下する動きで、滑らかな喉仏が静かに上下した。シオンの背筋が寒くなる。
「……お前の腹の中にか」
トイフェルは笑んだまま、ティースプーンを手に取った。銀器が冷め切ったコーヒーに触れる、その寸前、卓上に嵐が起きた。シオンが薙ぎ払ったのだった。落下する音、割れる音、飛び散る音。突然の暴挙に魔族は呆然と口をあけ、シミになった袖口を押さえた。
「なにしてんですかあんた」
「人命救助だよ。人の仕業に見せかけて服毒自殺図ってんじゃねえクソ虫が」
卓上に粉砂糖はない。己が瞑目した僅かな隙をつき、自分のコーヒーに致死の毒を仕込む音を、シオンは確かに聞き取っていた。この魔族がアルバの死後も生きていて面会の求めに応じたとなれば、こうした形で最悪の当てつけをしてくるのは予測がついていた。
「……もう警察呼んじゃってるんですけど」
「頭の発作でしたって正直に謝っとけ」
毒を含んだコーヒーの湖に、毟り取られた炎の花弁が浮いていた。鮮やかな赤と白は、やがて腐り落ちたようなどす黒い色に染まっていった。
「あの人が花なんてお綺麗なものの訳ないだろう、良くて雑草ってところだ。燃やされようが引っこ抜かれようが、絶滅なんかしてくれない」
必要とされれば生きて行けるというのなら、欲されれば存在できるというのなら、シオンの生とアルバの生は最早等価だ。シオンは命ある限りどこまでも強くアルバを求め続けるのだから。それにまだ、アルバは約束を果たしていなかった。
「絶対に捕まえてやるよ」
シオンは獰猛に笑った。