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目が覚めるとそこにいた。
打ち寄せる波濤の単調なリズムと身を焼く砂の熱さに、クレアシオンは自分が海岸に落ちているらしいことを悟った。身を起こすと、外套やシャツのそこここに入り込んだ砂が際限なく零れ落ち始めた。頭を振る。またぱらぱらと音がした。巨大な赤い陽が海面に身を投げようとしていた。
「何してんの……?」
少し離れたところに突き出した岩に腰かけ、少年がクレアシオンを見つめていた。茶髪の子どもは夕日に照らされて、郷愁の色に身を染めていた。暮れゆく浜辺には二人きりしか居なかった。
「寝ていた」
「直射日光で高温になった砂の中で寝てたの!?せめて日陰行こうよ!」
「うるせえ。そっちこそ何してるんだよ」
「えー、えっと……サボタージュ……」
「あーロッカーに閉じ込められて牛乳拭いた雑巾突っ込まれてそうな顔してるもんな」
「違うよいじめられてるわけじゃないから!明日のお祭りの準備手伝わされてたんだけど、もう別にやること無くなってきたしいいかなーって」
「祭り、ねえ。豊漁祭か何かか」
「ううん。なんでも勇者が魔王を封印して丁度300年らしくて、その記念だって」
クレアシオンは天を仰いだ。300年振りの娑婆の空気は潮のにおいがした。切れ間の無い眠りの中に夢を見たのか見なかったのかは分からないが、何も覚えてはいなかった。
少年は岩から降り、クレアシオンに言った。
「あんまり見ない格好だけど、もしかして流れ着いた人だったりする?密航者とか」
「……まあ、そんな感じだ」
「行く当ては」
沈黙していると、夕日の色をした少年はぱたぱたと歩み寄ってきた。大樹の幹の色をした髪が潮風に弄られて頬に掛かった。
「じゃあさ、うち来なよ。ボクも家族もそういうの気にしないし」
代わりによその国のこと教えてよと騒ぐ少年があまりきらきらとしていたので、思わず肘鉄を入れて黙らせてしまった。まあいいか。警戒する必要性も感じなかったので、クレアシオンはよろめく少年の背に続いた。道中には、何かの若木が支柱を据えられて立っていた。
*
祭りの後の暗い浜辺に、アルバの泣き声だけが響く。夜の海を死に物狂いで泳ぎ回った少年は全身びしょ濡れだったが、本人はそんなことを気に留めてすらいないのだろう。頼りない腕に呼吸を止めた少女を抱きしめて、彼はひたすら謝罪の言葉を繰り返していた。
助ける方法はあった。溺死した少女を、慟哭し続ける少年を。
クレアシオンはそれを選択し、いるはずのない世界から立ち去った。
何の意味も無い出来事だった。
何も起こらなかった。