101号室 アンリライアブル・ナレーターは夜に泣く4 忍者ブログ

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アンリライアブル・ナレーターは夜に泣く4


 赤い煉瓦の家並が広がる。湖に面したその街はどうやら長いこと芸術の中心地であり続けているらしく、広場の方からはアコーディオンの音色が聞こえてきた。

 スカーフと共にロスが再び姿を消してから、既に一週間が経っていた。ふらりといなくなったのだからまたふらりと現れるのだろう、多分アレはアレでやることがあるのだ。始めのうちはそう思っていたものの、気配すら全くないとなると流石に気になって仕方ない。魔法が解けてしまったのだろうかという不安さえ脳裏を過った。

 彼がいないことで実害も大いに発生していた。要するに最初の五日間の苦しみが再びやってきたのだ。ロスならどうしていたのだろう、ロスなら何と言うのだろう。記憶の中の彼に縋ってなんとか立ち回ってみたものの、成功率は五分を切っていた。

 そして、ずっと体調が悪い。意味不明な状況に対するストレスなのか何なのか、旅を再開したのと前後してボクは不眠症気味になっていた。最近では、昼間の活動に大した支障が出ていないのは殆ど奇跡というほどに頭が重い。加えて原因不明の関節痛や慢性的なだるさもあった。

 赤、赤、赤、紺、赤、黄、赤。石畳は一定のリズムで少しずつ中心をずらされながら敷き詰められている。どこもかしこも音楽的な街で、ヘリウムガスの詰まったボクの頭は旋律に飲まれて押し流されてしまいそうだ。楽器店の屋根の風見鶏がアレグロモデラートで反時計回りに二回転半。目が回る。

「……アルバさん?大丈夫なの、顔真っ青だよ」

 少し前を歩いていたルキが立ち止まり、心配そうにこちらを見ていた。「大丈夫だよ」とだけ言って低いところにある頭を撫でてやると、何故か痛みをこらえるような表情をして、それでも少女は歩き出す。ごめんなさい、とまた小さく呟いて。

 ルキのボクに対する態度はよく分からない。不安定というかブレているというか、けれど気まぐれ、という言葉ではしっくりこない。ある時は言葉の通じないケダモノでも見るような目を向け、あるときは無視し、一方で妹のように懐いて気遣いすら見せてくれることがある。そして振れ幅はおかしなほどに広いのに、その各段階の中では奇妙に安定していた。

 彼女はとても賢くて、他人を思い遣ることのできる子だ。折に触れて見せるやけに大人びた振る舞いはきっと切なくて重いものに裏打ちされているのだろう。そんなルキが何の意味もなくボクを振り回すというのはあまり考えられることではなかった。

 理由をはっきりさせたい。けれど何をどう聞けばいいというのだろう。何かあったの?ボクのこと嫌いになった?……駄目だ、これではきっと彼女を困らせるだけになってしまう。

 適当な言葉が見つからない。ルキの気持ちが分からない。助けてくれる人も傍にいない。苦しくて悲しくて仕方がなかった。ロスはどこに行ってしまったのだろう。

 出口のない迷路に飛び込んでしまったボクはほとんど周囲に注意を払っていなかった。近づいてくる軽い音の連打が足音だと気付いた時にはもう遅く、大きな袋を抱えた子どもと衝突してしまっていた。

「ううー……いったたた……」

「っごめんね!大丈夫?頭とか打ってない?」

 石畳に倒れ伏す少女に慌てて駆け寄った。見えるところからの出血はないが捻挫や打撲を負っている虞はある。ボクは一体何をやっているんだ。

「うーん多分大丈夫!尻もちついただけー……あれ?」

 身を起こしたその子はまじまじとボクの顔を見つめた。どうしたんだろう、指名手配はもう取り消されてるはずなんだけど。彼女は何も言わないまま隣に立っているルキに視線を移し、それからまたボクを見る。

 一瞬の間。

 少女は喜びに顔を輝かせ、ほとんど叫ぶような声で言った。

「あー!やっぱりだ、あの時あたしのこと助けてくれた人!」

 和音を含んだ風が少女の赤毛を攫っていく。ボクはそこでやっと、彼女がいつか魔物に襲われていた女の子であることを思い出した。

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